丁関根
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| 丁関根 | |
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| プロフィール | |
| 出生: | 1929年9月 |
| 出身地: | |
| 職業: | 政治家 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 丁關根 |
| 簡体字: | 丁关根 |
| ピン音: | Dìng Guāngĕn |
| 和名表記: | てい かんこん |
| 発音転記: | ディン・グアンゲン |
丁 関根(てい かんこん、ディン・グアンゲン、1929年9月 - )は中華人民共和国の政治家。第14期・第15期中国共産党中央政治局委員。江沢民政権下の10年間、党中央宣伝部長を務めた。
1951年、上海交通大学を卒業。1956年7月、中国共産党に入党。交通部での業務を重ね、1985年に鉄道部長(大臣)兼党組書記に就任。1987年、党中央政治局候補委員となるが、翌年の上海列車事故で修学旅行中の日本人高校生29人が死亡した責任を取って鉄道部長を辞任し、国家計画委員会副主任(次官)に格下げされる。候補委員とはいえ、政治局委員が副部長となったのは文化大革命終結後初めてのことだった。
1989年の第13期4中全会において党中央書記処書記となり、翌年には党中央統一戦線部長に就任。1992年の第14期1中全会において中央政治局委員に選出され、中央宣伝部長に就任。
中央宣伝部は建国以来の重要部門である党の思想や路線などを伝える宣伝工作を統括する機構であり、マス・メディア規制における影響力は非常に大きいため、部長である丁はメディア関係者から嫌われた。また丁は、法輪功問題に対処する中共中央指導者小組の副組長、中央精神文明建設指導委員会主任なども努めた。
2002年10月に中央宣伝部長を退任。70歳定年の内規により、翌月の第16回党大会において中央委員からも引退した。
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