一茶ゆかりの里 一茶館

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一茶ゆかりの里一茶館
座標: 北緯36度40分48.2秒 東経138度21分34.6秒 / 北緯36.680056度 東経138.359611度 / 36.680056; 138.359611
地図
施設情報
正式名称 歴史公園信州高山一茶ゆかりの里[1]
愛称 一茶館
専門分野 小林一茶俳句
事業主体 高山村 (長野県)
管理運営 高山村教育委員会
開館 1996年11月
所在地 382-0825
長野県上高井郡高山村高井5161-1
位置 北緯36度40分48.2秒 東経138度21分34.6秒 / 北緯36.680056度 東経138.359611度 / 36.680056; 138.359611
外部リンク 歴史公園信州高山「一茶ゆかりの里 一茶館」
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一茶ゆかりの里一茶館(いっさゆかりのさといっさかん)は、長野県上高井郡高山村にある、村立の小林一茶登録博物館である。正式名称は、「歴史公園信州高山一茶ゆかりの里」で「一茶館」の愛称がつけられている。

経緯[編集]

小林一茶は、47歳の時この地の豪農であった久保田春耕を訪れた。春耕から父久保田兎園の離れ屋を逗留先として提供され、以後65歳で亡くなるまでこの地を頻繁に訪れた。高山村の一茶の門人の子孫の家には、父の終焉日記浅黄空俳諧寺抄録など一茶の真蹟が平成の時代まで数多く残されていた。

1996年(平成8年)高山村は、久保田家から離れ屋の寄贈を受け、移築復元するとともに一茶の遺墨や関連資料を展示する村立の博物館施設として、「歴史公園信州高山一茶ゆかりの里一茶館」を建設した。収蔵する一茶の真筆は約50点で収蔵数日本一を誇る。収蔵資料のほとんどは、一茶の門人であった久保田春耕の子孫から寄託されたものであったが、2014年6月、その全てが高山村に寄贈された。

傾いた銅板葺きの屋根が特徴的な建物の設計は岡田新一

施設[編集]

  • 工事期間:平成7年(1995年)11月 - 平成8年(1996年)10月
  • 敷地面積7114㎡、床面積1098㎡
  • 1F:展示室/事務室/研究室/収蔵庫/ショップコーナー/ラウンジ
  • 2F:展望ロビー/多目的室(映像、特別展示、会議)
  • 離れ屋(村指定文化財)
  • 広場:句碑広場/庭園/中庭
  • 駐車場:普通車20台、大型3台

開館日時・料金[編集]

開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4時まで)

  • 休館日:月曜日(休日の場合は翌日)休日の翌日。桜と紅葉の季節は毎日開館。
  • 観覧料:一般500円(20名以上の団体:400円)、中学生以下無料、離れ家使用料1グループ1,000円。離れ家使用は予約が必要。

収蔵資料[編集]

  • 一茶遺墨:51点
  • 一茶関連資料:270点

展示物[編集]

  • 映像小劇場「一茶・こころの旅」:一茶の生涯の行動を特徴づける“旅”を模型と映像を駆使した合成映像で紹介。
  • 一茶の生涯:小林一茶の生い立ちから晩年までの特に印象的な出来事を、伝統工芸士金林真多呂が手がけた木目込み人形で再現するとともにグラフィックでわかりやすく説明。
  • 一茶と信州高山:高山村における一茶の俳諧活動の様子と一茶が高山村で詠んだ俳句を、四季折々の景観とあわせて紹介。
  • 一茶の遺墨:三大作品のひとつ「父の終焉日記」の原本などの遺墨を常設展示。
  • 一茶をとりまく人びと:一茶の友人や弟子たちの作品を紹介。
  • 一茶研究の流れ:江戸時代末期から現代までの時代の流れと一茶研究の特徴を紹介、資料とあわせて展示。
  • アニメーション「父の終焉日記」:父が病の床についてから臨終・初七日までの出来事を綴った一茶の日記をアニメーションで紹介。
  • 兎園さんの球石:久保田家の天満宮に200年以上奉納されていた久保田兎園の集めたとされる8個の丸い石を展示。
  • 一茶逗留の離れ家:門人の久保田春耕から提供された離れ家を、保存展示。句会等に使用することができる。
  • 句碑広場:一茶の句碑6基を設置した芝生広場。
  • 2013年の一茶生誕250年を記念して「一茶の動物俳句カルタ」、「一茶ものがたり 小林一茶と信州高山」の出版など精力的な事業が展開されている。

交通アクセス[編集]

周辺観光スポット[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 高山村一茶ゆかりの里条例-例規集

出典[編集]

  • 一茶ゆかりの里一茶館ホームページ、パンフレット、図録
  • 『一茶ものがたりー小林一茶と信州高山』ほおずき書籍、2012

外部リンク[編集]