ヴラジーミル・トリーブツ

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ヴラジーミル・フィリッポヴィチ・トリーブツロシア語: Влади́мир Фили́ппович Три́буц1900年7月28日<ユリウス暦7月15日> - 1977年8月30日)は、ソ連軍人海軍大将

経歴[編集]

サンクトペテルブルク出身。1918年2月、労農赤色海軍に入隊。ロシア内戦時、アストラハンヴォルガ小艦隊カスピ海の艦艇に勤務した。1926年、フルンゼ名称海軍学校、1932年、海軍アカデミーを卒業。1926年〜1929年と1932年〜1936年、戦艦「パリーシュスカヤ・コムーナ」、「マラート」に勤務し、駆逐艦「ヤーコフ・スヴェルドロフ」艦長を務めた。1928年、全連邦共産党(ボリシェヴィキ)に入党。1936年、バルト艦隊参謀部課長、1938年2月、参謀長。1939年4月、バルト艦隊司令官。1941年~1952年、党中央監査委員会委員。

独ソ戦中、バルト艦隊司令官として、タリンレニングラードの防衛に参加した。

1946年~1950年、ソ連最高会議代議員。1947年~1948年、海軍担当極東軍副総司令官。1949年から海軍水路局長、参謀本部軍事アカデミーの講座長、学部長を歴任。1957年~1960年、海軍監察総監。1961年2月、退役。

パーソナル[編集]

レーニン勲章2個、十月革命勲章、赤旗勲章4個、一等ウシャコフ勲章2個、一等ナヒモフ勲章、赤星勲章を受章。

歴史科学博士。50件以上の戦史論文を著作。

著書[編集]

  • 「潜水艦乗組員、攻撃す」(Подводники Балтики атакуют)、1963年
  • 「バルト水兵、攻撃す」(Балтийцы наступают)、1968年
  • 「バルト水兵、戦闘加入す」(Балтийцы вступают в бой)、1972年