ヴォロディームィル・オフルィーズコ

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ヴォロディームィル・オフルィーズコ
Володимир Огризко
Volodymyr Ohryzko.jpg
生年月日 1956年4月1日(58歳)
出生地 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国
キエフ

ウクライナの旗 ウクライナ外相
任期 2007年12月18日 - 2009年3月3日
大統領 ヴィクトル・ユシチェンコ

ウクライナの旗 ウクライナ外相(臨時代理)
任期 2007年1月31日 - 2007年3月21日
大統領 ヴィクトル・ユシチェンコ
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ヴォロディームィル・オフルィーズコ[1]ウクライナ語: Володимир Огризко[2]1956年4月1日 - )は、ウクライナ外交官政治家である。 2007年から外相を務めるが、最高議会による解任動議が可決され2009年3月に退任する[3]

経歴[編集]

外相時代[編集]

2007年、大統領提案により外相に就任。2008年3月24日 - 26日にかけて訪日し、第2回の日・ウクライナ協力委員会を開催。当時の高村正彦外相と会談後、共同声明[4]を発表している[5]

新欧米派のヴィクトル・ユシチェンコ大統領に近い人物だった。黒海海域をめぐる隣国ルーマニアとの領有紛争では国際法廷で敗訴したとして批判を招いていた。親露派の地域党とウクライナ共産党から外相解任を求める動議が提出されると、これにユーリヤ・ティモシェンコ首相率いる「ティモシェンコ・ブロック」の一部が合流、2009年3月3日に解任が決議された[6]

ティモシェンコ首相はこの件に関して「このような危機的状況になかったら、彼はもっと早くに解任されていただろう」とコメント。一方のユシチェンコ大統領は、「タイミングも悪く、正当性の無い解任だ」とオフルィーズコ外相を擁護する姿勢を見せた[7]

脚注[編集]

  1. ^ ウクライナの公用語であるウクライナ語名ではヴォロディームィル・スタニスラーヴォヴィチ・オフルィーズコとなる。日本語新聞等で使用されているオグリスコという表記は、ロシア語名に準拠したもの。
  2. ^ ラテン文字表記の例:Volodymyr Ohryzko
  3. ^ Rada Dismisses Ohryzko Ukrainian News Agency (March 3, 2009)
  4. ^ “日本・ウクライナ協力委員会第2回会合 共同声明(仮訳)”. 外務省. (2008年3月). http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ukraine/visit/0803_ks.html 2009年3月4日閲覧。 
  5. ^ “オグリスコ・ウクライナ外務大臣の訪日”. 外務省. (2008年3月27日). http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ukraine/visit/0803_gh.html 2009年3月4日閲覧。 
  6. ^ “ウクライナ 外相不信任案を可決”. MSN産経ニュース. (2009年3月4日). http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090304/erp0903041756004-n1.htm 2009年3月4日閲覧。 
  7. ^ ymoshenko: Ohryzko Deserves Dismissal Ukrainian News Agency (March 3, 2009)

参照[編集]


公職
先代:
ボリス・タラシュク
ウクライナ外相(臨時代理)
2007
次代:
Arseniy Yatsenyuk
先代:
Arseniy Yatsenyuk
ウクライナ外相
2007-2009
次代:
Volodymyr Khandohiy
(代理)