ヴォログダ

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ヴォログダ
Вологда
Glockenturm des Wologdaer Kreml.jpg
ヴォログダのクレムリンの鐘楼
Coat of Arms of Vologda (Vologda oblast) (1780).png
市章
位置
ロシア内のヴォログダ州の位置の位置図
ロシア内のヴォログダ州の位置
座標 : 北緯59度12分 東経39度51分 / 北緯59.200度 東経39.850度 / 59.200; 39.850
歴史
文献登場 1147年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 北西連邦管区
 行政区画 ヴォログダ州の旗 ヴォログダ州
 市 ヴォログダ
地理
面積  
  市域 116 km2
標高 120 m
人口
人口 (2008年現在)
  市域 286,100人
その他
等時帯 モスクワ時間 (UTC+4)
郵便番号 160000-160035
市外局番 +7 8172
ナンバープレート 35
公式ウェブサイト : http://www.vologda-city.ru/

ヴォログダВологда, Vologda)はロシア連邦ヴォログダ州の州都。スホナ川北ドヴィナ川を経て白海に流れるヴォログダ川に臨む。モスクワから北に約500km。人口は293,046人(2002年)。

ロシアでは高品質のチーズバターで有名。

州立技術大学とレーニン像

歴史[編集]

1147年ノヴゴロド公国年代記にヴォログダへの最初の言及が見られる。通り抜けられないほど深い森の中に村と教会がありノヴゴロドの人が住んでおり、白海から遡ってきた小舟をヴォログダ川から引き上げ、ヴォルガ川の支流まで運んでいた。彼らはこうして北欧や白海からギリシアやペルシャまで交易をしていた。1273年にはモンゴル帝国の襲撃を受けている。

ヴォログダ中心地から2kmの場所にはスパソ=プリルツキー修道院が建っているが、これは1371年ラドネジの聖セルギイの弟子の一人が創建したものである。ドミトリイ・ドンスコイの保護下でこの修道院は北部有数の大地主へと急成長した。現在の建物は大動乱期にポーランド軍に攻められた後に修復されたものである。ソ連時代に修道院は閉鎖され博物館へと変わった。

1412年にはノヴゴロド公国からモスクワ大公国に割譲され、最北部の前哨地となり、ヴォログダが初めて重要な地となった。15世紀末までにはヴォログダは従来の中心都市だったベロゼルスクに代わりロシア北方の中心的な都市となった。

ヴォログダのソボルナヤ広場(聖堂広場)

イヴァン雷帝の命によって、1570年に当時のロシアでは最も大きな聖堂の一つ聖ソフィア大聖堂が完成した。以後、北ドヴィナ川白海を経由したヨーロッパとの交易(イギリスムスコヴィ会社など)が盛んになるにつれて、ヴォログダは飛躍的な発展を遂げた。また、スホナ川ヴィチェグダ川を通じてのシベリアとの交易においてもヴォログダの果たした役割は大きい。

1780年エカチェリーナ2世によってヴォログダ県の県都とされた。

ヴォログダのパノラマ

姉妹都市[編集]

ヴォログダ出身の人物[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯59度12分 東経39度51分 / 北緯59.200度 東経39.850度 / 59.200; 39.850