ヴェルナー・ナウマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ヴェルナー・ナウマンWerner Naumann 1909年6月16日 - 1982年10月25日)は、ドイツ政治家国民啓蒙・宣伝省の次官。敗戦の直前、ヒトラー遺書によって国民啓蒙・宣伝大臣に任命された。

略歴[編集]

ヴェルナー・ナウマンは、1909年6月16日にドイツ帝国シュレージエン地方のグーラウドイツ語版に生まれた。学校卒業後は政治経済学を学ぶ。

1928年、国家社会主義ドイツ労働者党に入党。同時に突撃隊にも入隊している。 1933年に国民啓蒙・宣伝省の参事官及びゲッベルスの専属係官に任じられ、突撃隊少将へと昇進している。また同時に親衛隊大尉として親衛隊に移籍している。1937年にはブレスラウのプロパガンダ監督官になっている。1940年からは第1SS装甲師団の大隊長となり、1941年に負傷するまで務めた。負傷から回復後の1942年に国民啓蒙・宣伝省の局長に任命される。1944年に国民啓蒙・宣伝省次席次官であるレオポルト・グッテラーの後任に任命された。1945年にゲッベルスとともに総統地下壕へと移る。ヒトラーの遺書によって、首相に昇格したゲッベルスの後継者と定められる。

1945年5月1日に総統地下壕から脱出した後、1945年から1949年までの間、ドイツ南部で偽名を使ってレンガ職人として隠れ住んでいた。1950年からはデュッセルドルフの貿易会社を経営していた。1953年に元ナチ党の中核メンバーとしてイギリス軍に捕らえられるが、その年のうちに釈放された。その後はドイツ帝国党ドイツ語版で活動し、後にリューデンシャイトドイツ語版に所在するクヴァント・コンツェルン(オーナーのハラルト・クヴァントドイツ語版はゲッベルスの妻マグダの連れ子であった)系列のブッシュ=イェーガードイツ語版社の代表取締役となった。1982年10月25日にリューデンシャイトで死去した。

参考文献[編集]