ヴィルヘルム4世 (バイエルン公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
バイエルン公ヴィルヘルム4世

ヴィルヘルム4世(Wilhelm IV., 1493年11月13日 - 1550年3月7日)は、16世紀バイエルン公(在位:1508年 - 1550年)。アルブレヒト4世クニグンデ・フォン・エスターライヒの長男。一時、弟のルートヴィヒ10世とバイエルンを共同統治していた。

父が長子相続を取り決めたことにより、1508年の父の死後に遺領を単独相続したが、弟のルートヴィヒ10世が共同統治を主張し、1516年ランツフートシュトラウビングを共同統治領とした。宗教改革に初めは同情を示していたが、やがてカトリックに転向、ザルツブルク大司教と提携してドイツ農民戦争を鎮圧した。また、ボヘミア王位を主張してハプスブルク家と対立したが、1534年フェルディナント1世リンツで和睦した。

1545年にルートヴィヒ10世が死去したため、改めてバイエルンを単独統治することになった。シュマルカルデン戦争ではカール5世(フェルディナント1世の兄)の下で戦った。

1516年、ビールの品質向上と、小麦やライ麦の使用制限を図ってビール純粋令を制定した。この法は現在もドイツで存続している。

家族[編集]

1522年バーデン辺境伯フィリップ1世の娘マリア・ヤコベアと結婚した。

  1. テオドール(1526年 - 1534年)
  2. アルブレヒト5世(1528年 - 1579年)
  3. ヴィルヘルム(1529年 - 1530年)
  4. メヒティルト(1532年 - 1565年) - バーデン=バーデン辺境伯フィリベルトと結婚
先代:
アルブレヒト4世
バイエルン公
1508年 - 1550年
ルートヴィヒ10世と共同統治
(1516年 - 1545年)
次代:
アルブレヒト5世