ヴィルヘルム・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヴィルヘルム・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン (left).

ヴィルヘルム・フュルスト(侯爵)・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン(Wilhelm Fürst von Hohenzollern-Sigmaringen, 1864年3月7日 - 1927年10月2日)は、ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯家の子孫でプロイセン王族。全名はヴィルヘルム・アウグスト・カール・ヨーゼフ・ペーター・フェルディナント・ベネディクトWilhelm August Karl Joseph Peter Ferdinand Benedikt)。ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯レオポルトの長男で、1905年から死去までホーエンツォレルン侯家の家長であった。

ヴィルヘルムは1864年3月7日、レオポルトとその妻であったポルトガル女王マリア2世の娘アントニア(1845年 - 1913年)の間に第一子としてデュッセルドルフベンラート城で生まれた。

1927年10月2日、ヴィルヘルムはジグマリンゲンバーデン=ヴュルテンベルク州ジグマリンゲン郡)で死去した。ホーエンツォレルン侯家の家長は長男のフリードリヒが嗣いだ。

子女[編集]

ヴィルヘルムは2度結婚している。最初の妻である両シチリア王子ルイジトラーニ伯爵)の娘マリーア・テレーザ(ドイツ語名マリア・テレジア、1867年 - 1909年)とは1889年6月27日ジグマリンゲンで結婚した。彼女との間には以下の二男一女をもうけた。

二人目の妻はバイエルンルートヴィヒ3世の王女アーデルグンデ(1870年 - 1958年)で、1915年1月20日ミュンヘンで結婚した。彼女との間に子供はいない。

先代:
レオポルト
ホーエンツォレルン侯家家長
1905年 - 1927年
次代:
フリードリヒ