ヴィタリ・クープリ

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ヴィタリ・クープリVitalij KuprijВиталий Куприй1974年 - )はウクライナ出身のクラシックピアニストであり、ロックバンドのキーボーディスト、また作曲家でもある。コルグ・01/Wシリーズの他にコルグ・TRITONシリーズを使用。

目次

[編集] 略歴

[編集] ロックに出会う以前

1974年、ウクライナの首都キエフに生まれる。父親がトロンボーン奏者だったことから、6歳よりピアノを習い始める。3年間個人レッスンを受け、9歳より別の音楽学校で教育を受ける。その後ルイセンコ記念キエフ特別中等音楽学校に入学し、17歳まで鍵盤奏者で教師のルドルフ・ブッフビンダーらに師事。さらに、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアカーティス音楽学校ゲイリー・グラフマンに師事。この間にも、優れたピアノ教師の師事を受ける。旧ソ連の全連邦ショパン・コンクール(All-Union Chopin Competition)で最年少1位を、キエフ音楽院コンクール(Kyiv Conservatoire Competition)で金賞を受賞するなど、世界各国のピアノコンクールにおいて優秀な成績を収めている。ロック音楽に巡り会ったのは15歳のときだったとされる。

[編集] アーテンション結成まで

ギタリストであるロジャー・スタフルバッハとの衝撃的な出会いを皮切りに、様々な出会いがアーテンションの結成に導く。しかしながら、ボーカリストであるジョン・ウェストが一時離脱したことや、ジョンは現在ロイヤル・ハントも掛け持ちしていた時期があったため、解散説が絶えなかった。

[編集] 数々のプロジェクト

2001年には元イングヴェイ・マルムスティーンのボーカリストだったマーク・ボールズリング・オブ・ファイアを結成。ギタリストにジョージ・ベラス(後にトニー・マカパインに交代する)、ベースにスティーヴ・ヴァイと活動していた経験を持つフィリップ・バイノ、ドラムにPlanet Xなどで活動しているヴァージル・ドナティを迎える。また、ヴィタリは2枚目のアルバム発表後に脱退している(バンドはその後も活動している)。2005年にはヴィタリ・クープリズ・リヴェンジを立ち上げているが、複数のシンガーが参加していることもあり、一種のプロジェクト的な形態をとっている。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] Artension

アーテンション#ディスコグラフィー」を参照

[編集] ソロ

  • 1997年 High Definition
  • 1998年 Extreme Measures
  • 1999年 VK3
  • 2001年 Works of Liszt and Chopin
  • 2004年 Forward And Beyond
  • 2005年 The Modern European Tradition
  • 2007年 Glacial Inferno

[編集] Ring Of Fire

  • 2001年 The Oracle
  • 2002年 Dreamtower

[編集] Ferrigno Leal Kuprij

  • 2003年 Promised Land

[編集] Vitalij Kuprij's Revenge

  • 2005年 Vitalij Kuprij's Revenge

[編集] 外部リンク

VITALIJ KUPRIJ - the official site(英語)

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