ヴィタリ・クープリ

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ヴィタリ・クープリ
Vitalij Kuprij
Виталий Куприй
基本情報
出生 1974年 (39–40歳)
出身地 ウクライナの旗 ウクライナ キエフ
ジャンル ネオクラシカルメタル
プログレッシヴメタル
パワーメタル
ヘヴィメタル
クラシック音楽
職業 キーボーディスト
ピアニスト
作曲家
担当楽器 キーボード
ピアノ
レーベル シュラプネル・レコーズ
Lion Music
共同作業者 アーテンション
リング・オブ・ファイア
マーク・ボールズ
Ferrigno, Leal, Kuprij
Trans-Siberian Orchestra
アダージョ
Book of Reflections
Stygia
著名使用楽器
コルグ・01/Wシリーズ
コルグ・TRITONシリーズ

ヴィタリ・クープリVitalij KuprijВиталий Куприй1974年 - )はウクライナ出身のクラシックピアニストであり、ロックバンドのキーボーディスト、また作曲家でもある。また、自身の名前を冠したネオクラシカルメタルソロプロジェクトもある。

略歴[編集]

ロックに出会う以前[編集]

1974年、ウクライナの首都キエフに生まれる。父親がトロンボーン奏者だったことから、6歳よりピアノを習い始める。3年間個人レッスンを受け、9歳より別の音楽学校で教育を受ける。その後ルイセンコ記念キエフ特別中等音楽学校に入学し、17歳まで鍵盤奏者で教師のルドルフ・ブッフビンダーらに師事。さらに、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアカーティス音楽学校ゲイリー・グラフマンに師事。この間にも、優れたピアノ教師に師事する。旧ソ連の全連邦ショパン・コンクール(All-Union Chopin Competition)で最年少1位を、キエフ音楽院コンクール(Kyiv Conservatoire Competition)で金賞を受賞するなど、世界各国のピアノコンクールにおいて優秀な成績を収めている[要出典]。ロック音楽に巡り会ったのは15歳のときだったとされる。

アーテンション結成まで[編集]

活動の拠点をアメリカに移した後、ギタリストであるロジャー・スタフルバッハとの衝撃的な出会いを皮切りに、様々な出会いがアーテンションの結成に導く。しかしながら、ボーカリストであるジョン・ウェストが一時離脱したことや、ジョンは現在ロイヤル・ハントも掛け持ちしていた時期があったため、解散説が絶えなかった。

数々のプロジェクト[編集]

2001年にはマーク・ボールズリング・オブ・ファイアを結成。ギタリストにジョージ・ベラス(後にトニー・マカパインに交代する)、ベースにフィリップ・バイノ、ドラムにヴァージル・ドナティを迎える。また、ヴィタリは2枚目のアルバム発表後に脱退している(バンドはその後も活動している)。2005年にはヴィタリ・クープリズ・リヴェンジを立ち上げているが、複数のシンガーが参加していることもあり、一種のプロジェクト的な形態をとっている。

ディスコグラフィー[編集]

Artension[編集]

ソロ名義[編集]

  • 1997年 High Definition
  • 1998年 Extreme Measures
  • 1999年 VK3
  • 2001年 Works of Liszt and Chopin
  • 2004年 Forward And Beyond
  • 2005年 The Modern European Tradition
  • 2007年 Glacial Inferno
  • 2008年 12 Months of the Year

Ring Of Fire[編集]

  • 2001年 The Oracle
  • 2002年 Dreamtower

Ferrigno Leal Kuprij[編集]

  • 2003年 Promised Land

Vitalij Kuprij's Revenge[編集]

  • 2005年 Vitalij Kuprij's Revenge

外部リンク[編集]

VITALIJ KUPRIJ - the official site(英語)