ヴィクトワール・ド・サクス=コブール=コアリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
奥がヌムール公爵夫人ヴィクトワール。手前はイギリス女王ヴィクトリア。フランツ・ヴィンターハルター画。1852年

ヴィクトワール・フランソワーズ・アントワネット・ジュリエンヌ・ルイーズ・ド・サクス=コブール=コアリーVictoire Françoise Antoinette Julienne Louise de Saxe-Cobourg-Kohary, 1822年2月14日 - 1857年12月10日)は、フランス王族ヌムール公ルイ・シャルル・ドルレアン(フランス王ルイ・フィリップの次男)の妻。ドイツ語名はヴィクトリア・フランツィスカ・アントニア・ユリアーネ・ルイーゼ(Viktoria Franziska Antonia Juliane Luise)。

ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公子フェルディナントと妃マリア・アントーニエの長女としてウィーンで生まれた。イギリス女王ヴィクトリアとイギリス王配アルバートは、ともに従姉と従兄である。また、ベルギー王レオポルド2世メキシコ皇后シャルロッテの兄妹ともいとこ同士である。

1840年4月27日、サン=クルーでヌムール公ルイ・シャルル・ドルレアンと結婚した。なお、1843年にはルイ・シャルルの妹クレマンティーヌとヴィクトリアの兄アウグスト公子が結婚し、初代ブルガリアフェルディナンド1世らをもうけている。

ヴィクトワールはヌムール公との間に2男2女をもうけた。

1857年、亡命先のロンドンで、次女ブランシュを出産後、ヴィクトワールは産褥熱で急死した。