ヴィクトリーギャロップ

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ヴィクトリーギャロップ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1995年5月30日(19歳)
Cryptoclearance
Victorious Lil
母の父 Vice Regent
生国 カナダの旗 カナダ
生産 Tall Oaks Farm
馬主 Perestonwood Farm Inc.
調教師 W.Elliott Walden(アメリカ
競走成績
生涯成績 17戦9勝
獲得賞金 350万5895ドル
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ヴィクトリーギャロップ (Victory Gallop) とは、カナダで生まれ、アメリカで走った競走馬である。現在は種牡馬としてトルコで供用されている。1999年エクリプス賞最優秀古牡馬2010年カナダ競馬殿堂入り。

経歴[編集]

競走馬時代[編集]

1997年、2歳時の7月にデビューし、デビュー戦2戦目で初勝利を挙げた。その後3戦で2勝を挙げ、ローレルフューチュリティーステークス(G3)では2着となった。

1998年(3歳)、初戦のレベルステークス(G3)と続くアーカンソーダービー(G2)を2連勝して三冠レースに臨んだ。1戦目のケンタッキーダービーリアルクワイエットReal Quiet)に敗れての2着、続くプリークネスステークスでも再びリアルクワイエットの2着となったが、三冠最終戦のベルモントステークスではリアルクワイエットにハナ差先着してリアルクワイエットの三冠制覇を阻み、G1競走初勝利を挙げた。その後G1競走を2戦したが、どちらもコロナドズクエストの2着2回だった。2ヶ月の休養の後ブリーダーズカップクラシックに出走。この年のブリーダーズカップクラシックには他にもスキップアウェイシルバーチャームスウェインコロナドズクエストオーサムアゲインジェントルメンといったハイレベルなメンバーが集結していたが、勝ったオーサムアゲインから1馬身差の4着と健闘した。

1999年(4歳)、一般競走を勝利した後にドバイワールドカップへ出走して3着となる。帰国後スティーブンフォスターハンデキャップ(G2)とホイットニーハンデキャップ(G1)を制し[1]、このレースを最後に競走馬を引退することになった。この年のエクリプス賞古牡馬チャンピオンに選出された。

年別競走成績[編集]

種牡馬時代[編集]

2000年(5歳)、この年から種牡馬となりアメリカ・ケンタッキー州のウインスターファームで種牡馬生活を開始した。G1勝ち馬を出すことなく、2008年シーズンからトルコに輸出され、トルコナショナルスタッドで繋養される。後にアメリカに残した産駒のJaycito、Prince Will I Amが立て続けにG1制覇を果たした。日本ではエイシンドーバー、エイシンロンバードが重賞を勝っている。

主な産駒[編集]

ブルードメアサイアーとしての主な産駒

血統表[編集]

ヴィクトリーギャロップ血統ミスタープロスペクター系Native Dancer5×5=6.25%、Turn-to5×5=6.25%、Almahmoud5×5=6.25%

Cryptoclearance
1984 黒鹿毛
Fappiano
1977 鹿毛
Mr.Prospector Raise a Native
Gold Digger
Killaloe Dr.Fager
Grand Splendor
Naval Orange
1975 黒鹿毛
Hoist the Flag Tom Rolfe
Wavy Navy
Mock Orange Dedicate
Alablue

Victorious Lil
1989 鹿毛
Vice Regent
1967 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Victoria Regina Menetrier
Victoriana
Glass House
1979 黒鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Glass Collector First Landing
Masked Kiss F-No.12-b

脚注[編集]

  1. ^ 同競走でのパフォーマンスは1999年の "Most Impressive Performance of the Year" に選ばれている。

外部リンク[編集]