ヴィクトリア・ベッカム
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| ヴィクトリア・ベッカム | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | ヴィクトリア・キャロライン・アダムス |
| 別名 | ポッシュ・スパイス |
| 出生 | 1974年4月17日(35歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ポップス |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1996年 - 現在 |
| レーベル | ヴァージン・レコード |
| 共同作業者 | スパイス・ガールズ |
ヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham、1974年4月17日 - )はイギリスの歌手、モデル、ファッションデザイナー。スパイス・ガールズのメンバーとして知られ、ポッシュ・スパイスの愛称で親しまれた。
夫はサッカー選手のデビッド・ベッカム。旧姓ヴィクトリア・アダムズ(Victoria Adams)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] デビューまで
イギリスのハートフォードシャーに「ヴィクトリア・キャロライン・アダムス」として生まれる。彼女の家は裕福であったものの、高等教育を受けることなくダンサーとして働いていたことや、後述の「生まれてから一度も本を読んだことがない」というエピソードが代表するように、いわゆる「中・上流階層」や「知識階層」ではないと言われている。
Laine Arts Theatre Collegeでダンスを学び、ダンサーとして働いていたが、雑誌で見たオーディションに合格して、ポッシュ・スパイスの名前でスパイス・ガールズの一員としてデビュー。
[編集] スパイス・ガールズ時代
1996年にデビューしたスパイス・ガールズは、ファーストアルバム「spice」が世界中で大ヒットしたイギリスの人気アイドルグループ。(詳細はスパイス・ガールズの項を参照)ヴィクトリアは、メンバーの中では、ソロで歌うパートがほとんど無く、歌唱力よりもスタイルの良さが「売り」だった。ポッシュ(Posh、気取り屋)という愛称通り、ミュージックビデオやインタビューでも笑顔を見せず、口数も少なかった。映画『スパイス・ザ・ムービー』の中では、不機嫌な表情でメンバーのエマのファッションを「イライラする」と発言していた。また、仲が良かったジェリ・ハリウェルがメンバーを脱退すると、口もきかないほど険悪な関係になり、ベッカムとの結婚式にも招待しなかった(現在は和解)。こうした独特の言動から、必ずも男性ファンからの人気は高くなかった。
[編集] スパイス・ガールズ後
1999年、サッカー選手のデヴィッド・ベッカムと結婚(子供は男の子3人)。スパイス・ガールズでは最も地味な存在だったヴィクトリアだが、ベッカムの活躍と、本人の派手な衣装や言動で注目を集め、ダイアナ妃の死後、英国のゴシップメディアの格好の標的となる。
2001年、ソロデビューアルバム"Victoria Beckham"を発表。スパイスの中で最後に単独活動に入った。その後セカンドアルバムのレコーディングも終わっていたが、本人はアーバンなR&Bを希望したものの、ポップス寄りの作品に満足できず、発表が見送られた。その後、別のプロデューサーでアルバムの製作に取り組むが、レコード会社とのトラブルなどで発売されなかった。スパイスのメンバーの中で唯一ソロとして全英NO.1ヒットがない。現在はファッション関連に専念したいとの意向で音楽活動は行わない方向との事である。
日本では、2002 FIFAワールドカップのベッカム・フィーバー後、女性向けのファッション誌やテレビのワイドショーなどが『セレブリティ』として取り上げて人気となる。諸外国と比べてスパイス・ガールズの知名度が低かった日本では、「元スパイスのポッシュ」ではなく「ベッカムの妻」と呼ばれることが多い。2003年、日本でエステティックTBCのテレビCMに夫婦で出演。2006年10月、日本のファッションブランド「サマンサタバサ」のキャンペーン・モデルとなり、バッグやジュエリーなどのプロデュースに参加。
2007年6月にスパイスガールズの再結成を発表。ヴィクトリアは、唯一、メンバーの中で再結成には意欲的だった。ヴィクトリアは日本ツアーを強く希望したが、スケジュールが合わずにアジア公演は見送られた[1]。
[編集] エピソード
- ドイツの歴史学者ハンス・ミュラーによるとヴィクトリアは革命論者でアーティストのカール・ハインリヒ・プフェンダーの子孫であるという[2]。
- 生まれてから現在に至るまで、本を1度も読んだ事が無いとの事だが[3]、2001年には自伝「Learning to Fly」を出版。自身のお洒落哲学を書いた「That Extra Half An Inch」を2006年に発表。
- 首下にヘブライ語で「I am my beloved's, and my beloved is mine(私は我が愛する者のもの、我が愛する者は私のもの)」とタトゥーを刻んでいるが、これはユダヤ人夫婦の結婚指輪によく刻まれる言葉で、6回目の結婚記念日に夫ベッカムとペアで施術した。ベッカムによれば、ユダヤ系である彼の母親に因んで、ユダヤ人の習慣でもあるこの文言を選んだとの由[4]。
- ポッシュの名は自分だけのものだとして、ポッシュを愛称としているピーターバラ・ユナイテッドFCを訴えようとして周りに咎められる失態を犯している。
- 2007年7月16日、アメリカで「Victoria Beckham:Coming to America」というドキュメンタリーが放映され、490万人が視聴した。しかし、ニューヨーク・ポスト紙のアレッサンドラ・スロンリー記者は、「ヴィクトリアは退屈。人を見下している」とし、「彼女は、ビバリーヒルズでは、裕福で金髪でスプレーで日焼けした多くの有名人の妻の一人でしかない」と酷評された[5]。
- 2008年01月09日、2007年のミスター・ブラックウェルが選ぶ女性ワーストドレッサー(Blackwell's 2007 Ten Worst Dressed Women)で第1位に選ばれる[6]。「ヴィクトリアは不機嫌な顔で次々と奇怪なタイトのミニスカートで登場し、ミニスカートを台無しにする」と批評される。
[編集] 作品
[編集] アルバム
- Victoria Beckham (2001年)全英10位
[編集] シングル
| Year | Single | Album | Chart positions | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 全英 | ||||||
| 2000 | "Out of Your Mind" (Truesteppers& Dane Bowers Featuring Victoria Beckham) | "Truestepping" (Trusteppers album) | 2 | |||
| 2001 | "Not Such An Innocent Girl" | Victoria Beckham | 6 | |||
| 2002 | "A Mind of Its Own" | 6 | ||||
| 2003 | "This Groove"/"Let Your Head Go" | 3 | ||||
[編集] DVD/ビデオ
- Not Such An Innocent Girl DVDシングル (2001年)
- A Mind Of Its Own DVDシングル (2002年)
- The Real Beckhams (2004年)
[編集] 脚注
- ^ スポーツ報知 (2007年12月4日). "スパイスガールズ復活祭!だけど…日本公演は幻に". 2008年9月28日 閲覧。
- ^ 朝日新聞 (2008年8月5日). "ビクトリア・ベッカムは「マルクスの同志の子孫」=独学者". 2008年9月28日 閲覧。
- ^ 「JUNON」
- ^ VIRINA (2007年8月27日). "遂にLAへ上陸!ベッカム夫妻がすごいんです". 2008年9月28日 閲覧。
- ^ ロイター通信 (2007年7月18日). "V・ベッカムの米移住番組、新聞では厳しい評価". 2008年9月28日 閲覧。
- ^ Victoria 'Posh Spice' Beckham Tops Mr. Blackwell's Annual Worst-Dressed List(Fox News)
[編集] 外部リンク
- Por Amor Forums A Victoria Beckham fan forum, made by and for the fans updated with all her pictures and news.
- Victoria Beckham V-SCULPT
- ヴィクトリア・ベッカム on Smap X Smap

