ヴァロリス

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Vallauris
Blason ville fr Vallauris 06.svg
Rue Lascaris Vallauris.JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏Région プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
département アルプ=マリティーム県
arrondissement グラース郡
小郡canton ヴァロリス=アンティーブ=ウエスト小郡
INSEEコード 06155
郵便番号 06220
市長任期 アラン・ギュミエル
2008年 - 2014年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération de Sophia Antipolis
人口動態
人口 30,645人
2007年
人口密度 2 350人/km²
住民の呼称 Vallauriens
地理
座標 北緯43度34分50秒 東経7度03分14秒 / 北緯43.5805555556度 東経7.05388888889度 / 43.5805555556; 7.05388888889座標: 北緯43度34分50秒 東経7度03分14秒 / 北緯43.5805555556度 東経7.05388888889度 / 43.5805555556; 7.05388888889
標高 平均:m
最低:0 m
最高:285 m
面積 13.04km² (1 304ha)
Vallaurisの位置
Vallauris
公式サイト Site officiel de la commune de Vallauris Golfe-Juan
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ヴァロリスフランス語:Vallaurisオック語プロヴァンサル方言:Valàuria、古典オック語:Valàurio)は、フランスプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏アルプ=マリティーム県コミューン

目次

地理 [編集]

ヴァロリスの歴史地区は内陸の丘の上にあり、アンティーブに近接する。市街は現在海へ向かって伸びている。

歴史 [編集]

鉄器時代終わりから、ヴァロリスの地には人が定住していた。1970年代、サン・ベルナール地区から青銅製ブレスレット、鉄製武器が発見された。発見の状況から、これが埋葬の副葬品なのかどうか決定ができなかった。しかしこの発掘物の様式は鉄器時代終わりか、ケルト人のものとして扱われている。紀元前3世紀から紀元前2世紀にさかのぼることができる[1]

アンティーブ司教が10世紀に記した文書の中に、Vallis Aureaの名で初めて現れる。後に町はレラン修道院の領地となる。以降、1787年にレラン修道院が世俗化されるまで、コミューンを治めたのは修道院であった。

1815年3月1日、エルバ島から脱出したナポレオン・ボナパルトはジュアン湾に上陸しヴァロリスに滞在した。重要な都市化事業が行われたのは19世紀後半である。中世以来の生活道路を現代に適応させるものだった。1899年にトラムが敷かれ、同年には男子校が創設された。1908年に女子校が設置され、1919年に電気が敷かれた。1900年代にシアーニュ運河の水が引かれ、農業、特にオレンジの花やビターオレンジの栽培文化が発展した。今日でもヴァロリスは、収穫されたオレンジの花とビターオレンジを蒸留し香料を抽出する国内唯一の都市である。

調理用陶器製造は、何世紀もわたってこの土地で育まれてきた。20世紀初頭、マシエール家とともにそれらは陶磁器の工房となった。19世紀後半に起きたジュアン湾沿いの集落の発展は、観光の発展、そして鉄道敷設と密接に結びついている。有名人たちが丘の中腹に別荘を建てた。

第二次世界大戦後、ヴァロリスの評判にひかれてパブロ・ピカソが移住してきた。

経済 [編集]

サービス業が多い。観光業の中心は海水浴と陶器文化に触れることである。近接するソフィア・アンティポリスにある企業や研究所に経済が影響されている。

交通 [編集]

  • 道路 - A8から数キロのところにある
  • 鉄道 - TERプロヴァンス・アルプ・コートダジュールが運営するグラース=ヴァンティミーユ線、ヴァロリス=ゴルフ・ジュアン駅。
  • 航空 - コート・ダジュール空港より約20分

姉妹都市 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ Enceintes et habitats perchés des Alpes -Maritimes / sous la direction de Michiel Gazenbeek. - Antibes : APDCA, 2004. - 149 p.