ワイルドアゲイン

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ワイルドアゲイン
英字表記 Wild Again
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1980年
死没 2008年12月5日(28歳没)
アイスカペイド
ブッシェルンペック
母の父 カーレッド
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 ポール・リトル
馬主 ブラックチップステーブル
調教師 ヴィンセント・ティンホニー(アメリカ
競走成績
生涯成績 28戦8勝
獲得賞金 220万4829ドル
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ワイルドアゲイン (Wild Again) はアメリカ合衆国競走馬種牡馬。競走馬時代の1984年に第1回ブリーダーズカップ・クラシックに優勝、種牡馬としても10頭以上のG1競走優勝馬を輩出する成功を収めた。

経歴[編集]

2歳となった1982年に、ルイジアナ州ルイジアナダウンズ競馬場でデビューした。初戦は2着だったが、次の競走で初勝利を得ている。続く3戦目も連勝するが、以後は順調に勝ち上がることができず、更に3歳シーズンを全て休養に費やしたこともあって出世は遅かった。

しかし4歳に戦列復帰後、4戦2勝と調子を上げて出走したニューオーリンズハンデキャップ (G2) で重賞競走初勝利を挙げる。その後、オークローンハンデキャップ (G2) をレコードタイムで優勝、9月にはメドウランズカップハンデキャップに優勝し、G1競走初勝利を挙げた。

そして一般戦での3着を経て、11月10日にハリウッドパーク競馬場で行われた第1回ブリーダーズカップ・クラシックに出走した。騎手パット・デイ。この年すでに15戦を消化、成績が安定していないこともあり8頭立ての7番人気と非常に低い評価だった。しかし、スタート直後から先頭を切って逃げを打つと、最後の直線では馬体を接してきたスルーオゴールド、さらに外から追い込んできたゲートダンサーとの激しい競り合いを制し勝利[1]、クラシックの初代優勝馬となった。

1985年は4戦したが未勝利に終わり、競走馬を引退して種牡馬となった。当時の流行血統をほとんど持たない異系の血統だったが、初年度からG1競走2勝を挙げたアワイルドライドを送り出すと、以降も毎年のようにG1優勝産駒を輩出し、種牡馬としても大きな成功を収めた。日本でもナリタキングオーなど数頭の重賞優勝馬を輩出している。また、アメリカでG1競走2勝を挙げた産駒ワイルドラッシュが2004年より種牡馬として日本に導入されている。

2004年に種牡馬を引退。種牡馬生活を過ごしたケンタッキー州スリーチムニーズファームで功労馬として余生を過ごしていたが、老衰により2008年12月5日安楽死措置が取られた[2]

競走成績[編集]

主な産駒[編集]

※日本調教馬(カナ表記)以外はG1競走優勝馬のみ記載。括弧内にとくに記載されているものはG1競走。

血統表[編集]

ワイルドアゲイン血統ニアークティック系 / Nearco3×4=18.75%、Hyperion4×3=18.75%)

Icecapade 1969
芦毛 アメリカ
Nearctic 1954
黒鹿毛 カナダ
Nearco Pharos
Nogara
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah
Shenanigans 1963
芦毛 アメリカ
Native Dancer Polynesian
Geisha
Bold Irish Fighting Fox
Erin

Bushel-n-Peck 1958
鹿毛 アメリカ
Kahled 1943
鹿毛 イギリス
Hyperion Gainsborough
Selene
Eclair Ethnarch
Black Ray
Dama 1941
鹿毛 イギリス
Dante Nearco
Rosy Legend
Clovelly Mahmoud
Udaipur F-No.3-e

父はノーザンダンサーを介さないニアークティック系種牡馬の代表格。本馬のほかにクレヴァートリックなどを輩出している。母は重賞のシネマハンデキャップなど8勝を挙げた活躍馬。牝系は日本とも縁が深く、3代母クローヴリーから連なる系統の活躍馬には1969年の 啓衆社賞最優秀3歳牡馬アローエクスプレス、1982年の東京優駿優勝馬バンブーアトラスなど、また、クローヴリーの甥には日本で7度のリーディングサイアーを獲得したヒンドスタンがいる。4代母ウダイプールは1932年の エプソムオークス優勝馬である。

脚注[編集]

  1. ^ 入線はワイルドアゲイン、ゲートダンサー、スルーオゴールドの順であったが、ゲートダンサーがスルーオゴールドの進路を妨害したと認められたため、競走後に両馬の順位が入れ替わった。
  2. ^ Wild Again Euthanized at Age 28 - BloodHorse.com

外部リンク[編集]