ローマ問題
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ローマ問題(ローマもんだい、伊:Questione romana, 英:Roman Question)は、1861年から1929年にかけてのイタリア王国とローマ教皇庁の間におきた政治的な問題。
概要 [編集]
- ことを求めた。
教皇庁は、カトリック教会が特定の政治権力の影響を受けないことを理由にこれを拒絶。ピウス9世はイタリア政府に関わる者すべてを破門するという強硬な処置をとった。
これによりイタリア王国と教皇庁の関係は断絶し、教皇は自らを「バチカンの囚人」と称した。イタリア王国とローマ教皇庁との関係改善は、1929年のラテラノ条約締結とバチカン市国独立を待たねばならなかった。
関連項目 [編集]
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