ロン・バス (プロレスラー)
| ロン・バス | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | アウトロー・ロン・バス カウボーイ・ロン・バス サム・バス |
| 本名 | ロナルド・ハード |
| ニックネーム | 暴れ馬 |
| 身長 | 190cm - 192cm |
| 体重 | 131kg(全盛時) |
| 誕生日 | 1948年??月??日 |
| 出身地 | アーカンソー州ハリスバーグ |
| スポーツ歴 | アメリカンフットボール |
ロン・バス("Outlaw" Ron Bass、本名:Ronald Herd、1948年 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。アーカンソー州ハリスバーグ出身。
現役選手時代はカウボーイ・スタイルの大型ヒールとして活躍。スタン・ハンセンのパートナーとなり、インターナショナル・タッグ王座に就いたことでも知られる(第30代王者)。
目次 |
来歴 [編集]
アメリカンフットボーラーを経て、1970年代前半にプロレスラーとしてデビュー。アラバマのガルフ・コースト地区を主戦場に、フレッド、ボビー、ドンのバス・ブラザーズ(The Bass Brothers)の一員として悪名を馳せる。1976年よりカンザスシティのNWAセントラル・ステーツ地区に入り、翌1977年2月に全日本プロレスに初来日している。
帰国後は西海岸エリアに定着し、オレゴンのパシフィック・ノースウエスト地区(PNW)では同年4月にジミー・スヌーカから同地区認定のヘビー級王座を奪取[1]。ロサンゼルスではロディ・パイパーらをパートナーに、アメリカス・タッグ王座を3回に渡って手にしている[2]。1978年下期からは地元ミッドサウスのトライステート地区(後のMSWA)に参戦。12月にキラー・カール・コックスからブラスナックル王座を奪取し[3]、翌1979年1月にはレイ・キャンディを破ってアーカンソー・ヘビー級王座も獲得した[4]。
その後、ジェリー・ジャレットとジェリー・ローラーが主宰していたテネシー州メンフィスのCWAに登場。ドン・バスとバス兄弟を再結成し、1980年9月には当時テネシー地区との招聘ルートを持っていた国際プロレスにドンを帯同して来日。モンゴリアン・ストンパーが送り込んだ刺客という設定のもと、ラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に挑戦した。
1981年からはNWA圏の南部テリトリーを転戦し、ジム・クロケット・ジュニアの運営するノースカロライナのミッドアトランティック地区ではベビーフェイスとなってグレッグ・バレンタインやイワン・コロフと抗争。ジム・バーネットの主宰するジョージア・チャンピオンシップ・レスリングではヒールに戻り、1982年3月にトミー・リッチからナショナル・ヘビー級王座を奪取している[5]。
同年8月、NWAルートで全日本プロレスに再来日。以降、全日本の常連外国人となり、1983年4月12日にはスタン・ハンセンとのコンビでジャイアント馬場&ジャンボ鶴田を破り、インターナショナル・タッグ王座を獲得した[6]。その後もブルーザー・ブロディ不在時のハンセンのタッグ・パートナーとして活躍[7]。当時のハンセンとのコンビは、ラリアット・ライダーズ(The Lariat Riders)とも呼ばれた。
その間、本国アメリカでは1982年下期よりエディ・グラハムが主宰するフロリダのCWFに進出。ベビーフェイスとしてビッグ・ジョン・スタッドやアブドーラ・ザ・ブッチャーと抗争し、バリー・ウインダムともタッグを組んだが、やがてヒールターンしてブラック・バートとのカウボーイ・コンビ、ロング・ライダーズ(The Long Riders)を結成。J・J・ディロンをマネージャーに迎え、バリー・ウインダム&マイク・ロトンド、ダスティ・ローデス&ブラックジャック・マリガンなどのチームと抗争を繰り広げた[8]。1983年7月20日のマイアミでの興行では、ニューヨークからフロリダに遠征してきたボブ・バックランドのWWFヘビー級王座にも挑戦している[9]。1984年にはロング・ライダーズとしてミッドアトランティック地区に参戦するが、1985年下期にディロン&バートと仲間割れを起こしてチームを解散した。
1987年よりWWFを約2年間サーキット。ミッドカードに出場する中堅ヒールのポジションながら、サバイバー・シリーズではテネシー時代の盟友ジミー・ハートやホンキー・トンク・マンと結託した。1988年からはブルータス・ビーフケーキとの抗争がスタートし、1989年1月7日放送のサタデー・ナイト・メイン・イベントで髪切りマッチによる決着戦が行われるも敗退。1週間後のロイヤルランブルには丸刈りで出場した。
WWFとの契約終了後はインディー団体を転戦し、1991年に引退してフロリダ州タンパに居住。近年もオールドタイマーによるリユニオン・イベントに登場してエキシビション・マッチを行っている[10]。
得意技 [編集]
- オクラホマ・スタンピード(未公開に終わったが、国際プロレス来日時は「テキサス・スタンピード」と呼称していた)
- ブルドッギング・ヘッドロック
- エルボー・ドロップ
- ラリアット
獲得タイトル [編集]
- NWAガルフ・コースト・ヘビー級王座:1回
- NWAガルフ・コースト・タッグ王座:2回(w / ドン・バス、ダッチ・バス)
- NWAサウスイースタン・ヘビー級王座:1回
- NWAサウスイースタン・タッグ王座:1回(w / ランディ・ローズ)
- NWAセントラル・ステーツ・タッグ王座:1回(w / ケン・マンテル)
- NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座:1回
- NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:2回(w / ジョン・アンソン、ムーンドッグ・ロニー・メイン)
- NWAアメリカス・タッグ王座:3回(w / ドクター・ヒロ・オオタ、ムーンドッグ・ロニー・メイン、ロディ・パイパー)
- NWAトライステート・ブラスナックル王座:1回
- NWAアーカンサス・ヘビー級王座:1回
- NWAブラスナックル王座(ミッドアトランティック版):1回
- NWA TV王座(ミッドアトランティック版):1回
- NWAミッドアトランティック・ヘビー級王座:1回
- NWAミッドアトランティック・タッグ王座:1回(w / ブラック・バート)
- NWAナショナル・ヘビー級王座:1回
- NWAフロリダ・グローバル・タッグ王座:1回(w / バリー・ウインダム)
- NWAフロリダ・ヘビー級王座:2回
- NWA南部ヘビー級王座:2回
- NWA USタッグ王座(フロリダ版):4回(w / ブラック・バート×3、ワンマン・ギャング)
- NWAインターナショナル・タッグ王座:1回(w / スタン・ハンセン)
脚注 [編集]
- ^ “NWA Pacific Northwest Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ “NWA Americas Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ “NWA Tri-State Brass Knuckles Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ “NWA Arkansas Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ “NWA National Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ “NWA International Tag Team Title Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月28日閲覧。
- ^ 『スーパー・タッグ Now!(プロレスアルバム55)』P21(1985年、ベースボール・マガジン社)
- ^ “Wrestler: Ron Bass”. The Archives of Championship Wrestling from Florida. 2010年2月3日閲覧。
- ^ “WWE Yearly Results 1983”. The History of WWE. 2009年6月28日閲覧。
- ^ “Wrestle Reunion January 29, 2005”. Online World of Wrestling. 2009年6月28日閲覧。