田村淳
| 田村 淳 | |
|---|---|
| 本名 | 田村 淳 |
| 生年月日 | 1973年12月4日(38歳) |
| 出身地 | 山口県下関市彦島 |
| 血液型 | O型 |
| 身長 | 167cm |
| 方言 | 共通語 |
| 最終学歴 | 山口県立下関中央工業高等学校 |
| 出身 | 銀座7丁目劇場オーディション |
| コンビ名 | ロンドンブーツ1号2号 |
| 相方 | 田村亮 |
| 芸風 | コントなど |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本興業) |
| 活動時期 | 1994年 - |
| 同期 | ペナルティ、山口智充 など |
| 現在の代表番組 | Shibuya Deep A 田村淳のNewsCLUB |
| 過去の代表番組 | 芸能界かがく部 田村淳のオールナイトニッポン |
| 他の活動 | ミュージシャン(jealkb) |
| 配偶者 | 未婚 |
田村 淳(たむら あつし、1973年12月4日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、ミュージシャン、作詞家。ロンドンブーツ1号2号のボケ担当だが、近年はツッコミ担当をしている。相方・田村亮とは同じ姓だが、血縁関係はない。
山口県下関市彦島出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本興業東京本社)所属。
目次 |
[編集] プロフィール
- 身長・体重:167cm・56kg
[編集] 来歴
幼少期から目立つことが好きで、幼稚園の学芸会ではダダをこねて主役を譲ってもらったり、中学校のバスケ大会で入場時のプラカード持ちをキャプテンから代わってもらったりしていた。中学・高校時代は当時の人気ラジオ番組『PAO〜N ぼくらラジオ異星人』(KBCラジオ)の常連リスナーだった。また、裏番組であった『HiHiHi』(RKBラジオ)のリスナーでもあった。高校時代はクラスメイトと「馬関(うまのせき)ふぐの助・ふぐ太郎」と言う漫才コンビを組んでいた。また、並行してJUN SKY WALKER(S)のコピーバンドを結成したり、「ジャスティス」というバンドを組んで音楽活動もおこなっていた。
高校卒業後、地元プロダクションの東京事務所に『ふぐの助・ふぐ太郎』のふぐの助として所属。お笑い芸人を目指し上京する。しかし、活動開始早々相方が病気で離脱してしまう。その後一人で芸を磨き、約1年後に10歳年上の男性とコンビを組むが、年齢差を理由に淳の方からコンビ解消を申し出る。その際に紹介されたのが、現在の相方・田村亮である。その後所属プロダクション・吉谷社長の無償移籍快諾で吉本興業へ移籍する。
1998年頃に『暴ロンブー』の企画で霊能力者に「髪を赤くするべき」とのお告げを受け、髪を赤く染めた。ちょうどブレイク時期と重なり、吉本興業が赤髪の淳のキャラクターグッズを大量に生産した。そのため、本人が髪の色を元に戻したいと希望しても会社から許可が下りず、2002年頃まで赤い頭髪だったが、2011年では黒髪である。
2005年から2008年まで放送されたテレビアニメ『アイシールド21』の蛭魔妖一(ヒル魔)役で声優出演。オファーのきっかけは芸人仲間からの「キャラクターと本人の性格や容姿が似ている」という推薦によるものであった。
2006年5月31日、プライベートで活動をしているヴィジュアル系ロックバンドjealkbのボーカルとして、『metronome』でインディーズデビューを果たし、インディーズチャート1位を獲得。2007年4月には台湾でライブを行い、2007年10月31日に「誓い」でメジャーデビューを果たした。
2009年に野菜ソムリエの資格を取得、テレビ番組では同年11月24日にフジテレビのカスペ!「芸能人こだわり王講座 イケタク」で初めて発表した[1]。
近年は『読売新聞』にコラムを掲載したり、文化放送のラジオ番組『ロンドンブーツ1号2号 田村淳のNewsCLUB』を立ち上げるなど社会派番組に積極的に取り組んでいる。2009年12月12日の同ラジオで地元の山口・下関市議選への出馬を考えていることを示唆した。国政進出も視野に入れており、将来は総理大臣になりたいと公言し[2]、文化放送の自身のラジオ番組でも政界進出の野望を公言している[3]。尊敬する人物に筑紫哲也と佐高信を挙げるなど、政治的にはリベラル寄りの立場を取っている。
[編集] 人物
本来はボケ担当だが、相方の亮が天然ボケであるためツッコミ・仕切り役に回ることが多い。近年ではボケのイメージはほとんどなくなっており、『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』では2007年度放送分から正式にツッコミ役に回されている。レギュラー番組では、仕掛人として数々のタレントにドッキリや罠を仕掛けることが多い反面、逆にドッキリを仕掛けられたりいじられたりすることは極度に苦手である。
熱心な城郭マニアで、写真を見ただけでどこの城か当てる事ができ、一番好きな城は犬山城である。2010年4月29日、かねてからその犬山城が一番好きだと公言していた事がきっかけで、「犬山観光特使」に任命される。また、熊本城の一口城主でもある。
また、戦国マニアであり、好きな武将は伊達政宗、好きな戦国女性は濃姫である。日本刀の収集も趣味で、プライベートで一人の時は真剣の手入れをしながら、邪念に魅入られないように真剣に精神集中をすると言う。2006年、かねてから念願だったNHK大河ドラマに出演。『功名が辻』で中村一氏を演じた。この他に、歴史に関する番組数本で司会を担当、さらには三国志(本人いわく横山光輝の漫画版全60巻を10回以上の読み返したらしい。ちなみに好きな武将は『太史慈』だと言う)。幕末にも精通している。
小学校~高校時代はバスケット部に所属していたが、2006年7月4日放送の『ロンドンハーツ』の企画「ロンドンブーツVSオリエンタルラジオ」において、いくら走っても前に進んでいない(他出演者曰く「空に向かってる感じ」)鈍足を披露してしまう。2010年11月30日放送の別企画「男性芸人スポーツ大会!」にて4年ぶりにリベンジを試みるが失敗し、おまけにフォームが巨乳のアイドルのような様子であることから「お色気担当」「巨乳キャラ」として終始いじられてしまうという新しい一面を見せた。自身が司会を務めるクイズ☆タレント名鑑でも「おもしろ走り」と揶揄されている。このように体力がないため、スタミナが必要とされる筋力系の仕事は亮に任せることが多い。
高校時代には、英語が苦手で、英検4級の受検に失敗した一方、全校生徒の中で最も献血をしたとして表彰され、その後も毎年400cc献血を続けているという[4]。有吉弘行と共演した際、藤崎奈々子を振った事を失敗したと公言した。
極度の高所恐怖症。1999年12月23日放送の『ロンブー龍』の企画で、生放送中にスカイダイビングをさせられた際には、地上に到着する前から涙を流し、到着後は「やったよー」「怖かったー」などと人目をはばからず大号泣した。
芸人になりたての頃、原宿でパスタ屋のアルバイトをしていたこともあり、パスタを得意料理としている。また、淳自身もパスタ好きであるため、自分で新しいパスタやカルボナーラのメニューを考え出すこともあり、かつてのレギュラー番組『嗚呼!花の料理人』でその腕を披露した。
出演番組が日本PTA全国協議会の「子供に見せたくない番組」の調査でロンドンハーツだけ毎年上位にランクインされるが、淳は自身のラジオ番組で日本PTA全国協議会の専務理事と1時間議論を交わし、「PTAの言い分はわかったけど、番組のスタイルを変えるつもりはない」と語り、年に1回開催のPTA全国大会の会議への出席も「ぜひ、僕らの姿勢をお話したい」と乗り気の様子であった。一方で自身の番組に同期や苦楽を共にした仲間を出演させるなど、面倒見が良い一面もある。加藤浩次は「テレビ番組で見るとチャラチャラしているように見られるけど、実際はスタッフにも演者の先輩後輩にもちゃんとしている」と語っている[5]。一方、『ザ・ベストハウス123』が「子供に見せたい番組」にランクインされたことについては言及していない。
プライベートで特に仲の良い芸人はじゃぴょんの桑折貴之、ペナルティのワッキー、品川庄司の庄司智春、インパルスの板倉俊之、ニブンノゴ!の森本英樹などである。また山下真司とは同郷出身で交友関係にある。漫画家の鳥山明とは飲み友達で、淳が所属する「jealkb」のライブが、鳥山が住んでいる名古屋で行われる際は必ず見に来てくれる。その縁でjealkbのセカンドアルバム「invade」のジャケットイラストを鳥山が描き、更に「友達だからお金は取れない」という理由で、無償で描いている。
ガレッジセールのゴリはロンブーが司会の『ロンブー荘』に本名「照屋年之」で出演していたが、番組内で淳にゴリと名付けられ、そのまま芸名にしたという経緯がある。そのため、淳は事実上「ゴリ」の名付け親である。また、プライベートで後輩芸人に無茶な要求をしているとテレビで桑折などに指摘されている。
昔は、テレビで不良時代のエピソードを語ることが多かった。
大阪NSC11期生よりデビューが3か月ほど遅いため、基本的に11期生を「さん」付けで呼ぶ。本来は1年後輩だが、ペナルティの事を同期と言うこともある。ペナルティのヒデは年齢が淳より2歳上のため、『ヒデさん』またはサッカーのことばかり言うため、「サッカーバカ蔵」と言う。ワッキーについては、年齢はワッキーの方が1歳上だが、「ワッキー」と呼び捨てにする。
『崖の上のポニョ』、『千と千尋の神隠し』などのスタジオジブリ作品のデジタル撮影担当者に同姓同名の人物がいることを『笑っていいとも!増刊号』(2009年11月8日放送回)で明かしている。
女性関係などを写真週刊誌などで頻繁に取り上げられることが多い。『しゃべくり007』出演時に受けた「一夜限りの恋は何回?」との質問に「(1円=女性1人として)カップラーメン4個分(およそ400~1000円(人)程度)」と明かしている[6]。事務所の先輩であるナインティナイン岡村隆史は淳を「平成の火野正平」と評したことがある[7]。過去にマンスリーよしもとのランキングで「恋人になりたくない芸人第1位」「友達になりたくない芸人第1位」に選ばれたことがある。
2005年頃、ドラえもんの声優が代わることに伴うオーディションがあると知った淳は、自分に似ていると自負していたスネ夫の声を録音して送ったことがある。だがスタッフが淳の声ではないかと吉本に連絡、吉本はこれを認めなかったため、淳のスネ夫は幻となった。
自分の出演する番組は「完全全チェック」しているとのこと[8]。
[編集] 出演作品
コンビでの活動はロンドンブーツ1号2号#出演番組を参照。
[編集] 現在の出演作品
[編集] テレビ番組
- レギュラー番組
- Shibuya Deep A(NHK-BS2 → NHK総合、2009年4月10日-)
- 知りたがり!(フジテレビ、2010年4月2日-)金曜レギュラー
- FACTORY_A(テレ朝チャンネル)
- 金曜スーパープライム(日本テレビ、2010年10月1日-)
- デジスタ・ティーンズ(Eテレ、2011年3月30日-)
- なるほど!ハイスクール(日本テレビ、2011年4月21日-)
- おしろツアーズ(東海テレビ・フジテレビ系列)年1回放送
- 脳内ワードQ ヒキダス!(TBS、2012年1月17日-)
[編集] ラジオ番組
- ロンドンブーツ1号2号 田村淳のNewsCLUB(文化放送、2008年11月13日-)
[編集] 過去の出演作品
[編集] テレビ番組
- ロンブー淳の惚れさせシェフ(朝日放送)
- 遠藤淳(テレビ東京系、2009年4月3日-2010年6月25日)
- エチカの鏡〜ココロにキクTV〜(フジテレビ)
- 夢ヶ丘レジデンス(SKY PerfecTV! 731chMUSIC ON! TV) ※jealkbのhaderuとして
- 新型学問 はまる!ツボ学(日本テレビ、2010年10月13日-2011年3月30日)
[編集] テレビドラマ
[編集] アニメ
- アイシールド21(テレビ東京系) - 蛭魔妖一役
- それいけ!アンパンマン(日本テレビ系) - もずくん役
[編集] ゲーム
- ビーバス&バットヘッド ヴァーチャル・アホ症候群 - バットヘッド役
[編集] ラジオ
- 田村淳のオールナイトニッポンいいネ!(ニッポン放送)
- 田村淳のオールナイトニッポン(ニッポン放送)
- ロンドンブーツ1号2号 田村淳の選挙クラブ(文化放送、2010年7月11日)
[編集] 映画
- 巌流島 -GANRYUJIMA-(2003年) - 助蔵 役
- ONE PIECE エピソードオブアラバスタ 砂漠の王女と海賊たち(2007年)
- ザ・シンプソンズ MOVIE - バート 役
- 20世紀少年 最終章 ぼくらの旗(2009年) - 地球防衛軍 役
- 10thアニバーサリー 劇場版 遊☆戯☆王 〜超融合!時空を越えた絆〜(2010年) - パラドックス 役(声の出演)
[編集] CM
- ニンテンドーDS「アイシールド21 MAX DEVILPOWER!」 ナレーション
- 大塚製薬 オロナミンCドリンク「会議ハツラツぅ?」篇(2010年、上戸彩と共演)
[編集] お笑い以外での主な活動
学生時代バンド活動の経験もあるため、音楽活動が多い。2000年 - 日テレ系『新宿暴走救急隊』でドラマ初主演、同ドラマ主題歌『岬』でCDデビュー。2001年 - 日本テレビ系ドラマ『明日があるさ』出演、Re:Japanの一員として主題歌『明日があるさ』を発売。2002年10月 - テレビ番組『ロンブー龍』から、ソロでCDマキシシングル『もずくん』(「たむらあつし」名義)を発売。JF沖縄漁連のキャンペーンソングに起用された。2005年 - インディーズで後輩芸人らとヴィジュアル系バンドjealkbを結成(2007年メジャーデビュー)。
俳優、声優としては、2005年4月からテレビアニメ『アイシールド21』の蛭魔 妖一役で声優としてレギュラー出演。2006年にNHK大河ドラマ『功名が辻』に出演。大河ドラマ出演は子供時代からの念願であった。
ネット/「淳の休日」http://www.atsukyu.com/
2000年 - 『ロンドンブーツ1号2号の論文』を相方の田村亮と出版。2009年 - 角川マーケティング発行『週刊ザ・テレビジョン』に『ロンブー淳のモテレシピ』の掲載を開始(毎週更新)。
[編集] 脚注
- ^ “田村淳さんの野菜ソムリエ資格取得について”. 日本ベジタブル&フルーツマイスター協会. (2009年11月24日)
- ^ “ロンブー淳 芸能界引退、市議選出馬!?”. ネタりか. (2009年11月1日)
- ^ ロンドンブーツ1号2号 田村淳のNews CLUB」(文化放送)
- ^ 『MUSIC JAPAN』2011年2月6日放送分本人談
- ^ 2010年1月8日放送回『加藤浩次の吠え魂』で発言。
- ^ 2009年12月21日放送回より
- ^ 2008年1月18日放送回『ナインティナインのオールナイトニッポン』で発言。
- ^ 『Shibuya Deep A』2011年3月4日放送分本人談
[編集] 外部リンク
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