ロボトミー殺人事件

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ロボトミー殺人事件(ロボトミーさつじんじけん)とは、1979年東京都内で精神科医藤井澹の妻と母親が刺殺された事件の通称。


目次

[編集] 概要

[編集] 被告人

  • 逮捕されたSは、家計を助けるため働きながら勉強しており正義感の強い真面目な青年として知られていた。20歳にして通訳となるも、親の看病のため帰郷し土木作業員として働いた。しかし、関連会社に仕事上の不正を抗議した際、貧しい経済状況から、出された口止め料を受け取ってしまい、違法行為として訴えられ刑務所に収監される。
    • 出所後、スポーツライターとして活動を始めるが、妹夫婦と親の介護について口論になり逮捕され精神病院に入院となる。その病院内で知り合った女性が、ロボトミー手術により人格が変わってしまった事に激怒、執刀医に詰め寄った事で危険だとして自分も騙されロボトミー手術をさせられる。
    • 退院後はスポーツライターに戻るも、感受性の鈍化や意欲減退などでまともな記事を書けず、後遺症に悩まされ強盗事件を起こす。出所後はフィリピンで通訳となるが反政府運動に巻き込まれ国外追放となる。帰国後、「ロボトミー手術の問題点を世間に知らしめる」として犯行に及んだ。
  • 裁判では「無罪か死刑でなければロボトミー手術を理解していない」として無罪か死刑のどちらかを望んでいたが、1996年、最高裁で無期懲役が確定となった。
  • 被告人は近年服役中に体調不調により生きていても仕方がないと考え、刑務所で自殺を主張し「自死権」とそれを認めない精神的苦痛により160万円を国に求める裁判を起こしたが、2008年2月15日に仙台地裁が「自死権」は法的に認められて無いとして訴えを棄却した。

[編集] 背景

  • 施術当時の精神医学界では、ロボトミーなどの精神外科手術が“画期的な治療法”として脚光をあびており、欧米を中心に多くの医師によって積極的にこの手術が行なわれた。しかし、人格の変化を伴うという重大な人権侵害の存在や、有効性への根本的な疑問などもあって、1970年代以降はほとんど行なわれておらず、1975年には、日本精神神経学会で「精神外科を否定する決議」が可決された。
  • 妹夫婦と口論になった件は、よくある身内のトラブルとして控訴自体は短期間で取り下げられたが、仕事を考え釈放を求めた事から反抗的であるとして精神鑑定を受けさせられる。ところが、Sが受けた精神鑑定は医師1人が短時間で問診するのみという、あまりに簡易なものだった。その上、強制入院させられた精神病院も医師による権力支配がひどく、後年Sは「刑務所より酷かった」と語っている。

[編集] 参考資料