ロベール1世 (アルトワ伯)
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ロベール1世(Robert Ier d'Artois, 1216年 - 1250年2月8日)は、フランス王ルイ8世と王妃ブランシュ・ド・カスティーユの息子で、ルイ9世の弟。カペー家の支流アルトワ家の祖。
兄ルイ9世と共に第7回十字軍に参加してアイユーブ朝エジプトを攻撃したが、カイロへ進軍途中の1250年にマンスーラで戦死した。なお、エジプトを征服したあかつきには、ロベール1世をエジプト王に擁立する話があったという[1]。
1237年にブラバント公アンリ2世の娘マティルドと結婚し、1男1女をもうけた。
- ブランシュ(1248年 - 1302年) ナバラ王エンリケ1世と結婚、のちイングランド王族エドマンド・クラウチバックと再婚。
- ロベール2世(1250年 - 1302年) アルトワ伯
脚注 [編集]
- ^ 『聖王ルイ 西欧十字軍とモンゴル帝国』p394
参考文献 [編集]
- ジャン・ド・ジョワンヴィル『聖王ルイ 西欧十字軍とモンゴル帝国』(伊藤敏樹訳、ちくま学芸文庫 2006年)