ロベルト・カヤヌス

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ロベルト・カヤヌス
Robert Kajanus
1897年
1897年
基本情報
出生 1856年12月2日
出身地 フィンランド大公国の旗 フィンランド大公国
ウーシマー州 ヘルシンキ
死没 1933年7月6日(満76歳没)
フィンランドの旗 フィンランド
ウーシマー州 ヘルシンキ
ジャンル クラシック音楽
ロマン派
職業 指揮者
作曲家

ロベルト・カヤヌスRobert Kajanus, 1856年12月2日 - 1933年7月6日)は、フィンランド指揮者作曲家

略歴[編集]

ヘルシンキに学んだ後、ライプツィヒ音楽院ハンス・リヒターに指揮法を、カール・ライネケザロモン・ヤーダスゾーン作曲を学び、パリヨハン・スヴェンセンにも師事した。1880年代に指揮者として、ヘルシンキ管弦楽団(こんにちのヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の前身)に永続的な足跡を残す。

代表作の交響詩《アイノ》はシベリウスに感銘を与え、《クレルヴォ交響曲》の着想を促したといわれる。

カヤヌスは、シベリウスをはじめとするフィンランドの作曲家の擁護者であり、シベリウスの交響詩エン・サガ》や《ポホヨラの娘》はカヤヌスに献呈されている(カヤヌスはこの2曲を、1930年代ロンドン交響楽団を指揮して録音を遺した)。シベリウスと親交が深く、生前はシベリウス作品の権威と見做された。しかし、1898年にシベリウスが大学教授に任命されたとき、もうひとりの志願者だったカヤヌスが大学当局に訴え出て決定を覆させたこともある。ともあれ両者は、1900年にヘルシンキ管弦楽団の演奏旅行に向けて和解し、同年のパリ万博で成功を勝ち得たのであった。

カヤヌスはノルウェー人女性と結婚し、彫刻家になった娘を儲けた。娘はロシア人貴族のパヴェル・チェゴダイェフと結婚し、ロック・ミュージシャンのゲオルク・ヨハン・チェゴダイェフ=カヤヌスを儲けた。

レジオンドヌール勲章ほか数々の栄誉を受けている。

先代:
初代
ヘルシンキ管弦楽団
首席指揮者
1882年 - 1932年
次代:
イェオリ・シュネーヴォイクト