ロベルト・アクーニャ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ロベルト・アクーニャ Football pictogram.svg
名前
本名 Roberto Miguel Acuña Cabello
愛称 トロ
カタカナ ロベルト・ミゲル・アクーニャ・カベロ
ラテン文字 Roberto ACUNA
基本情報
国籍 パラグアイの旗 パラグアイ
生年月日 1972年5月25日(41歳)
出身地 ブエノスアイレス州,アベジャネダ
身長 175cm
選手情報
ポジション MF (CH)
利き足 右足
代表歴
1993-2007 パラグアイの旗 パラグアイ 97 (5)
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ロベルト・アクーニャ(Roberto Miguel Acuña Cabello, 1972年5月25日 - )は、アルゼンチンブエノスアイレス州出身の元サッカー選手パラグアイ代表である。ポジションはミッドフィールダー

経歴[編集]

クラブ

幼少時代にアルゼンチンからパラグアイに移住した。1989年にクラブ・ナシオナルでデビューすると、その後、アクーニャは4シーズンの間アルゼンチンのアルヘンティノス・ジュニアーズボカ・ジュニアーズCAインデペンディエンテでプレーした。1997年に欧州に渡り、スペインのレアル・サラゴサと契約した。ルイス・アラゴネス監督の下、2001年にコパ・デル・レイを制覇した。リーグ戦だけで5シーズンで20得点を記録した。2001年にはパラグアイ最優秀選手賞を受賞した。リーガ・エスパニョーラでプレーする南米最優秀選手にも選ばれた。

レアル・サラゴサでの活躍によりデポルティーボ・ラ・コルーニャが関心を示し、2002年7月10日に1100万ユーロの5年契約で移籍した[1]。レアル・サラゴサ時代の5試合のサスペンションが残っていた。しかしデポルティーボでは1シーズンに7試合出場したのが最多だった。怪我に悩まされ、2003-04シーズンはエルチェCFに、2004年にはアラブ首長国連邦アル・アインFCにレンタル移籍した。2007年、オリンピア・アスンシオンでプレーした後に現役引退した。

代表

プロデビューから5年後には、パラグアイ市民権を取得してパラグアイ代表でプレーすることを決意した。ディフェンダーのカルロス・ガマーラと同じように、3度のFIFAワールドカップに出場した。パラグアイ代表としては1998年から3大会連続でFIFAワールドカップ出場し、通算で97試合の代表戦に出場した[2]。これはカルロス・ガマーラに次ぐ歴代2位の記録である。2002年の日韓ワールドカップベスト16のドイツ戦ではロスタイムにミヒャエル・バラックに肘打ちした。

所属クラブ[編集]

2003-2004 →スペインの旗 エルチェCF (loan)
2004 →アラブ首長国連邦の旗 アル・アインFC (loan)

タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ uefa.com (2002年7月10日). “Deportivo swoop for Acuña”. 2009年8月17日閲覧。
  2. ^ RSSSFParaguay - Record International Players

外部リンク[編集]