ロバート・ヴァン・ヴォールクンバーグ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Robert B. Van Valkenburg

ロバート・ヴァン・ヴォールクンバーグ: Robert B. Van Valkenburgh)(1821年9月4日 - 1888年8月1日)はニューヨーク代表のアメリカ合衆国下院議員。南北戦争では北軍の将校だった。

生涯[編集]

ヴォールクンバーグはニューヨーク州スチューベン郡のプラッツバーグ (Prattsburg)に生まれ、フランクリンアカデミー (Franklin Academy)で学んだ。そこで弁護士 (Barの資格を取り、バス (Bath, New York(地名)で弁護士を始めた。ヴォールクンバーグは1852年と1857年から1858年の間、ニューヨーク州議会 (New York State Assemblyの議員だった。

南北戦争ではエルマイラで兵員募集の司令官を務め、戦争初期に17もの連隊を作った。ヴォールクンバーグは共和党議員としてアメリカ合衆国第37議会および第38議会1861年3月4日から1865年3月3日まで務めた。同時期、ホワイトハウスで義勇軍の議長も務めている。彼はニューヨーク志願軍の第117連隊連隊長も務め、アンティータムの戦いでは司令官になっている。

ヴォールクンバーグは戦争中の1865年にインディアン担当委員会(Acting Commissioner of Indian Affairs)委員も務めており、1866年1月18日から1869年11月11日まで在日本アメリカ公使も務めている。在任中、戊辰戦争を戦う明治政府に軍艦ストーンウォールの売却を斡旋している。

日本から帰った後、ヴォールクンバーグはフロリダ州に住み、1874年5月20日からフロリダ最高裁判所 (Florida Supreme Courtで副裁判官 (associate justiceを務めている。ヴォールクンバーグは死ぬまでこの職にあり、1888年にライブオーク (Live Oak, Florida近郊のスワニースプリングス(Suwanee Springs)で亡くなっている。遺体はジャクソンビル南部のセントジョーンズ川 (St. Johns River南岸にあるニコラス墓地(Old St. Nicholas Cemetery)に埋葬された。