ロナルド・セイム

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サー・ロナルド・セイム

サー・ロナルド・セイムSir Ronald Syme, 1903年3月11日エルサム - 1989年9月4日ロンドン)は、イギリス連邦歴史学者

古代ヨーロッパ史の大家であり、オックスフォード大学の古代史担当教授(キャムデン教授職)、英国王立アカデミー会員などを務めた。20世紀で最も偉大な古代ローマ史の研究者と評価されている。

生涯[編集]

1903年3月11日、英領ニュージーランドノース・アイランドにあるタラナキ州エルサム市に生まれる。後にニュープリマス市に移住し、オークランド大学ビクトリア大学文学フランス語を学んだ。1925年オックスフォード大学オリオル・カレッジに留学、歴史学哲学を専攻してトマス・モアを研究して優等な成績を収めた。オックスフォード在学中、論文に関する学内選考であるゲーズフォード賞を受賞している。

彼の最初の学究的な仕事は1928年に「Journal of Roman Studies」で発表された[1]。1929年、セイムはトリニティー・カレッジの研究員となり、ローマ軍の国境防衛策に関する研究で高い名声を獲得した。第二次世界大戦の間、セイムはセルビア・クロアチア語を学んだ経験のあるベオグラードで大使館に勤務したり、後にトルコに入国してイスタンブル大学で教鞭を取ったりした。イギリス政府の対枢軸国活動に加わっていたのではないかとする説もあるが、憶測の域を出ない。

イギリス帰国後の1944年に王立アカデミー会員に選出され、5年後の1949年にオックスフォード大学のブレイズノーズ・カレッジで古代史担当の歴史学教授(キャムデン教授職)に任命された。歴史学者としての功績を評価されて1959年にナイトの爵位を、1976年にメリット勲章をそれぞれ授与された。86歳の長寿を全うするまで、セイムはイギリス歴史学会の重鎮として精力的にローマ史の研究と文献執筆を続けた。

参照史料[編集]

  1. ^ "Rhine and Danube Legions under Domitian", Journal of Roman Studies 18 (1928) 41–55; see Anthony Birley, "Editor's Introduction", in The Provincial at Rome (Presses Université Laval, 2000), p. xi online and pp. xi–xx on Syme's publications and scholarly career.
  • British Academy Register
  • Obituaries of Syme appear in the Proceedings of the American Philosophical Society (vol. 135, no. 1, 119–122) and in The Journal of Roman Studies (vol. 80, xi–xiv)
学職
先代:
ヒューゲ・ラスト
第21代キャムデン教授職
1949-1970
次代:
ペーター・ブルント