ロドニー・キング

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ロドニー・キング
Rodney King
2012年4月
生誕 Rodney Glen King
1965年4月2日
カリフォルニア州サクラメント
死没 2012年6月17日(47歳)[1]
カリフォルニア州リアルト
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
民族 アフリカ系アメリカ人
著名な実績 警察の不法行為英語版による公民権違反の被害者
身長 6 ft 3 in (1.91 m)[2]
罪名 強盗
有罪判決 2年
配偶者 クリスタル・ウォーターズ(離婚)
ダネッタ(離婚)
非婚配偶者 シンシア・ケリー(婚約者)[3]
子供 3

ロドニー・グレン・キングRodney Glen King, 1965年4月2日 - 2012年6月17日)は、ロス暴動に関与したアフリカ系アメリカ人の男性。

ロドニー・キング事件[編集]

詳細は、ロス暴動#ロドニーキング事件、およびその裁判を参照

1991年3月3日、ロドニー・キングは自動車の運転中、スピード違反を犯しパトカーに停車を求められた。当時、ロドニー・キングは、強盗罪で逮捕、収監された後の仮釈放の身であり、再収監されることを恐れて逃亡。しかしカーチェイスの末、警官により車から引きずり出され、激しい暴行を受けることとなる。この光景は、たまたま地域住民が撮影しており、全米のニュースとして取り上げられた。白人警官と黒人容疑者の構図は、当初から人種差別を連想するものであったこと、その後の裁判が白人警官に有利に働いたことから、ロス暴動のきっかけの一つとなった[4]

ロス暴動への働きかけ[編集]

ロス暴動が発生して3日後、ロドニー・キングがテレビ出演をして沈静化を呼びかけた。この出演以降、暴動は徐々に沈静化していった。

ロス暴動以降[編集]

ロサンゼルス市を相手取って行った裁判で、380万ドルに及ぶ損害賠償を勝ち取ったが、半分以上は裁判費用として費している。その後も飲酒運転や傷害事件などを繰り返し、有罪判決を受けるなど波乱に満ちた人生を送った。2011年のインタビューでは、かつて暴行を受けた白人警官を許すと発言した上で「自分も何度も許してもらったから」と語っている。2012年6月17日、自宅のプールの底に沈んでいるところを発見され、後に死亡が確認された[5]

出典[編集]

  1. ^ CNN Wire Staff (2012年6月17日). “Rodney King dead at 47”. CNN. http://www.cnn.com/2012/06/17/us/obit-rodney-king/index.html 2012年6月17日閲覧。 
  2. ^ Rodney King Height”. Talltask.com. 2012年6月17日閲覧。
  3. ^ “Rodney King to marry juror from LA police beating case”. BBC News. (2010年9月9日). http://www.bbc.co.uk/news/world-us-canada-11245542 
  4. ^ “反人種差別の象徴から転落…数奇な人生、ロス暴動の発端、R・キングさん死去”. サンケイエキスプレス (産経新聞社). (2012年6月18日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/569790/ 2012年6月19日閲覧。 
  5. ^ “ロドニー・キングさん死去、92年ロス暴動発端の被害者”. CNN. (2012年6月18日). http://www.cnn.co.jp/usa/30007017.html 2012年6月20日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]