ロアッソ熊本

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ロアッソ熊本
原語表記 ロアッソ熊本
愛称 ロアッソ
クラブカラー    
創設年 2005年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン Jリーグ ディビジョン2
ホームタウン 熊本県熊本市
ホームスタジアム
Kkwing20060513.JPG
熊本県民総合運動公園陸上競技場(KKWING) 
Suizenji1.jpg
水前寺陸上競技場
収容人数 KKWING : 32,000
水前寺 : 15,000
運営法人 株式会社アスリートクラブ熊本
代表者 岡英生
監督 日本の旗高木琢也
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社アスリートクラブ熊本
Athlete Club Kumamoto Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 〒862-0901
熊本県熊本市神水2-10-10 片岡ビル
設立 2004年12月21日
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 岡 英生
資本金 1億5,000万円
売上高 6億6,800万円 (2011年1月期)
営業利益 300万円 (2011年1月期)
純利益 400万円 (2011年1月期)
純資産 ▲3,800万円 (2011年1月期)
総資産 1億4,500万円 (2011年1月期)
決算期 1月期
外部リンク http://roasso-k.com
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ロアッソ熊本(ロアッソくまもと、Roasso Kumamoto)は、日本熊本県熊本市にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

目次

[編集] 概要

2004年12月に設立された株式会社アスリートクラブ熊本が運営会社となる。ホームタウン熊本県熊本市、ホームスタジアムは熊本県民総合運動公園陸上競技場(KKWING)をメイン、熊本市水前寺競技場を準メインとして両競技場で試合を開催している。なお、2008年は鹿児島県立鴨池運動公園陸上競技場でも開催した。練習場は水前寺競技場、KKWING補助競技場、大津町運動公園球技場など。

育成部門として、2006年にジュニアユースチーム、2009年にユースチームが発足。また、2008年はJサテライトリーグ(2010年廃止)へ参加したが、2009年より九州チャレンジャーズリーグへ参戦している。

チームの愛称であるロアッソ(ROASSO)は、イタリア語でを意味する「ロッソ」と、同じくイタリア語でエースを意味する「アッソ」を組み合わせた造語である。また熊本のシンボルである雄大な阿蘇山の意味も含んでいる。クラブカラーともなっている赤は、火の国熊本をイメージしている。エンブレムのデザインは暴れ馬と赤い盾。はフィールドを駆ける選手、盾はそれを支えるサポーターを表す。なお、盾の形は熊本県のマークからイメージした物である(フェラーリのエンブレムである「カヴァリーノ・ランパンテ」に類似しているとも言われるが、フェラーリ社には了解を得ている)。エンブレム中の「馬」は熊本の伝統的な祭事に古くから関わる、地元の最も象徴的な動物である。マスコットキャラクターはロアッソくん であり、2008年に誕生した。

[編集] 沿革

[編集] プロサッカークラブ発足まで

1969年に創部された日本電信電話公社熊本サッカー部がロアッソ熊本の母体となるチームである。親会社の組織形態の変遷に沿ってチーム名が変遷する傍ら、九州サッカーリーグで6度の優勝を果たすなど実績を残し、2002年からは「アルエット熊本」の名称でクラブチームとなった。

2004年に発足した「熊本にJリーグチームを」県民推進運動本部は、プロサッカークラブを発足させるに際して、アルエット熊本を中核とする方針を決定。熊本にJリーグクラブを作ろうという有志が呼びかけて、熊本県内の企業数十社がスポンサーとして支援を行い、2004年12月に運営会社となる株式会社アスリートクラブ熊本(AC熊本)が設立され、2005年2月にAC熊本が運営するプロサッカークラブとしてロッソ熊本が誕生した。なお、2008年に商標権の問題で「ロアッソ熊本」へ改称した。

プロ化と共に、特別顧問に県知事、熊本市長が就任するなど自治体からの支援も受けた全県的なチームとしてJリーグを目指すこととなり、所属選手全員とプロ契約を結んだ。

なお、形式上、ロアッソの前身はアルエット熊本であるが、ロアッソへの移行の際にチーム名称以外にチームカラー・エンブレム・所属選手など全て変更されたため、新たにクラブが発足した2005年がロアッソの創設年とロアッソやJリーグのホームページにも記載され、アルエット熊本とロアッソは別のクラブと見なされている。ただし、天皇杯全日本サッカー選手権大会の出場回数はアルエット熊本時代からの通算である。

[編集] 2005年(九州リーグ)

九州リーグでは、最終戦でFC琉球との首位攻防戦を制し、アルエット熊本時代を含めて7回目の優勝を収めた。だが、その後の全国地域サッカーリーグ決勝大会で3位となり、日本フットボールリーグ(JFL)への自動昇格の可能性は消滅したが、JFL優勝の愛媛FCJ2へ昇格したため、JFLへの昇格を決めた。

[編集] 2006年 - 2007年(JFL)

2006年8月、Jリーグ準加盟が承認されたが、JFLで5位に終わった。 この年、横浜FMの正GKの飯倉大樹がレンタルで加入していた。

2007年4月、オフィシャルサポーターズクラブ『ロッソ熊本サポーターズクラブ』が設立。9月27日、Jリーグ加盟の申請書をJリーグに提出した。11月11日のFC琉球戦に勝利し、この年から改められたJ2昇格条件の4位以内が確定した。

11月16日、一部メディアでAC熊本がJ2参入の準備として商標権取得の為にチーム名をロアッソ熊本へ変更すると報じられた。この名称は8月に特許庁に申請しており、翌2008年4月には承認された[1]。その情報がネットで検索された結果が匿名掲示板に報告され、それをメディアが報じる結果となった。正式発表がされていない段階で一般に漏れ、経緯の説明も一切無く、また新名称「ロアッソ」が語感的にロッソと呼べるものではなかったため、名称変更発覚の翌17日に行われた三菱水島戦の試合後にサポーターから不満の声が飛び交い、急きょ説明会が行われた。名称を変更するかどうかについてさえ発表は行われなかったが、29日に公式ウェブサイト上に「チーム名変更について(お詫び)」と記された文面が掲載された。

リーグ戦では最終的に2位となり、12月3日のJリーグ臨時理事会で2008年度からのJリーグ加盟が決定し、熊本初のプロスポーツチーム、かつ日本最南のJリーグクラブが誕生した。また新チーム名称とエンブレム・ロゴが12月25日に正式発表された。

[編集] 2008年 -(J2)

[編集] 2008年

チームスローガン:Action & Communication

1月23日に『「ロアッソ熊本」国獲り宣言』と題した中期目標並びにシーズンスローガン、シーズン目標が発表され、またクラブマスコットロアッソくん』が誕生した。また5年以内のJ1昇格も公約に掲げた。 選手の補強は、韓国から車智鎬を完全移籍で、G大阪から中山悟志をレンタル移籍で獲得。あとは高校生2人(吉田智志網田慎)の補強程度で、JFL昇格時のメンバーを中心としたメンバー構成で戦った。1年目はシーズン終盤には8試合無敗となるなど、10勝13分19敗で12位の結果を残した。8月12日に、池谷友良ゼネラルマネージャー(GM)を兼任する事が発表された。

[編集] 2009年

チームスローガン:絆~Keep & Change~

池谷が監督を退任しGM職に専念する事となったため、後任として北野誠が就任した。レンタル移籍だった中山悟志、松岡康暢が完全移籍。新たな補強として、京都から石井俊也を、甲府から宇留野純を完全移籍で獲得。G大阪から木下正貴をレンタル移籍で獲得した。更に、1月下旬には元日本代表の藤田俊哉名古屋から完全移籍で獲得した。しかし、チーム数が増えたこともあり前年を下回る14位に終わり、北野は1シーズン限りで監督を解任された。

[編集] 2010年

チームスローガン:絆 〜STRONG WILL 強い意志〜

横浜FC及び東京V元監督の高木琢也が監督に就任。レンタル移籍であった木下正貴が完全移籍した。また、から南雄太神戸から松橋章太といった日本代表経験選手を完全移籍で獲得。他にも、名古屋より平木良樹がレンタル移籍、徳島にレンタル移籍していた筑城和人が完全移籍、山形から練習生として参加していた渡辺匠を獲得。シーズン開始後の4月に、2月より練習生として参加していたファビオターレスが入団した。ワールドカップ南アフリカ大会による中断期間に浦和より堤俊輔がレンタル移籍で加入。中断期間終了直後の7月にターレスが退団したが、7月21日には磐田よりカレン・ロバート、8月1日には横浜FCより片山奨典が完全移籍した。昨シーズンが下位に沈んだ事もあり、木島良輔小森田友明石井俊也中山悟志山本翔平らに戦力外通告を行いチームの若返りを図った上で、リーグワースト2位となってしまった失点記録を返上すべく守備陣を中心とした補強を行なった。

昨季J1所属の千葉との開幕戦で引き分けて以降、開幕から5戦負け無しで一時は3位まで浮上。シーズンを通して2桁順位に一度も落ちる事無く終盤まで昇格争いに加わり、過去最高の7位でシーズンを終了、目標としていた10位以内を達成した。

なお、KKWINGの施設改修(4-5月)実施のため、水前寺競技場で7試合(うち6試合は改修時期を利用)を開催した。当初は6試合(改修時期5試合)で、5月29日の大分との九州ダービーは隣県である大分県方面からの応援団が大挙訪れる可能性を踏まえて「会場調整中」としていたが代替地の調整が付かず、水前寺での開催となり、急遽収容人員の問題(KKWINGの半分程度)もあるためチケットが先行発売された。

[編集] 2011年

チームスローガン:絆 〜be Real 実現~

昨年より引き続き高木琢也体制で臨む。神戸よりエジミウソン横浜FCより岩丸史也根占真伍を完全移籍で、FC岐阜SECONDより片山朗を獲得。清水より長沢駿及び廣井友信より武富孝介レンタル移籍。新卒では中京大学体育会サッカー部より齊藤和樹大阪教育大学体育会サッカー部より田中俊一、柏U-18より仲間隼斗が入団した。この他、元福岡通訳である早川エジソン正吉が正規スタッフとなった。

夏の移籍ウィンドウ期間中に、岡村和哉JFL長崎へレンタル移籍したが、G大阪より菅沼駿哉がレンタル移籍、ソン・イニョンが新規入団した。

また、若手の育成にも力を入れ始めており、クラブ史上初の特別指定選手九州産業大学サッカー部所属前山拓也田中達也)及び2種登録選手(ロアッソ熊本ユースより6人が登録)が誕生している。

南がキャプテンに、廣井と宇留野が副キャプテンに就任。2月には霧島連山新燃岳の噴火により、東京V、横浜FMとのトレーニングマッチが中止となった。根占真伍のゴールで、J2参入後開幕戦初勝利を挙げた。

リーグ戦前半は前年からの堅守路線を継続して昇格圏を伺う位置にいたが、アウェイFC東京戦で0 - 5と大敗してからは高木体制初の3連敗を喫し、東京V、岡山に大敗するなど守備崩壊が顕著になり、チームの順位は2桁順位に沈んだ。その後は10位前後に落ち着き、昨年よりも下位となる11位で終了。シーズンを通して3点以上得点した試合が全く無く、チームの総得点は33点で2011年のJ2リーグ20チーム中最低を記録した。天皇杯は初戦(2回戦)で、鳥取に敗退。

最終戦アウェイ鳥栖戦(ベストアメニティスタジアム)では、鳥栖のJ1昇格が前節で事実上決定していた為、試合終了後にサポーターが「サガン鳥栖を愛する全ての人へ 堅忍不抜の努力に敬意を表します 追いつき追い越すまでJ1にいてね♥」という段幕を掲げ[2]、サガン鳥栖コールを繰り返して祝福した[3]。これに対し、鳥栖市からお礼状が届き[4]、また、サガン・ドリームス代表取締役会長井川幸広が感謝の意を述べている[5]

[編集] 2012年

チームスローガン:絆 ONE heart ~心をひとつに~

高木体制3年目。債務超過による人件費圧縮の煽りを受け、スタッフはフィジカルコーチ大塚俊介、通訳早川エジソン正吉が退団。また、選手ではチョ・ソンジンエジミウソン松橋章太宇留野純片山朗ソン・イニョンが退団、三浦天悟新潟シンガポールへ、木下正貴甲府へ完全移籍、菅沼駿哉G大阪へ復帰⇒磐田へレンタル移籍)、長沢駿清水に復帰⇒京都へレンタル移籍)がレンタル移籍期間満了となった。

補強は、C大阪から高橋祐太郎川崎から昨シーズン甲府にレンタル移籍した養父雄仁岡山から白谷建人大宮から藤本主税栃木から崔根植を完全移籍で獲得、関西サッカーリーグアイン食品サッカー部に所属していた畑実及び琉球に所属していた経験のある田島翔が新加入した。また、ロアッソユース創設以来、初のトップチーム昇格で甲斐敬介が加入。新卒では宮崎産業経営大学サッカー部所属の五領淳樹が加入した。

[編集] 成績

[編集] タイトル・主な成績

[編集] リーグ戦

[編集] カップ戦他

  • NHK杯熊本県サッカー選手権大会(兼天皇杯熊本県予選):3回
    • 2005年(第9回)、2006年(第10回)、2007年(第11回)
  • 全国社会人サッカー選手権大会:1回
    • 2005年(第41回)
  • 熊本県チャンピオンシップシップサッカー大会(アデルカーズカップ):1回
    • 2005年(第1回)

[編集] 表彰

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) 赤×白
FP(2nd) 白×黒
GK(1st) 黄緑 黄緑 黄緑
GK(2nd) グレー グレー グレー
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

[編集] チームカラー

  •     赤 (ロッソ・レッド)

[編集] ユニフォームスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
高橋酒造 1st 白岳
2nd 白岳しろ
2006年-2007年
2012年-
2005年はパンツ
背中 再春館製薬所 再春館製薬所 2012年-
日本トータルテレマーケティング NTM 2009年-
パンツ 南九州コカ・コーラボトリング Coca-Cola 2008年- 2005年-2007年までは袖

[編集] トレーニングウェアスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記
練習着胸 シアーズホーム シアーズホーム
練習着背中(A) 熊本日日新聞 熊本日日新聞
練習着背中(B) 磯崎工務店 磯崎工務店
練習着左袖 サトウロジック サトウロジック
練習着右袖 アンサー・インターナショナル アンサー・インターナショナル

[編集] ユニフォームサプライヤー

[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
2005 Tsuruya Coca-Cola Q-NET
SECURITY
白岳 PUMA
2006 白岳 ANESIS
2007
2008 武者がえし しんきん 神城文化
の森
Coca-Cola
2009 武者がえし(1st)
陣太鼓(2nd)
NTM
2010
2011
2012 白岳(1st)
白岳しろ(2nd)
再春館製薬所

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 商願2008-30208、商願2007-91509(第5149767号)、商願2007-117015(第5150345号)
  2. ^ J2:第38節 鳥栖 vs 熊本 - J'sGoal 2011年12月3日
  3. ^ 「来季こそJ1へ」 最終戦 サポーター2000人がエール - 熊本日日新聞 2011年12月4日
  4. ^ 12月3日 サガン鳥栖 J1昇格お祝い横断幕の御礼 - ロアッソ熊本公式サイト 2011年12月7日
  5. ^ (株)サガン・ドリームス代表取締役会長・井川幸広よりサガントスを愛する全ての皆様へのご挨拶 - サガン鳥栖公式サイト 2011年12月12日

[編集] 関連項目

応援番組
ロアッソと同じく、NTTグループ内のサッカー部に由来を持つクラブ
その他

[編集] 外部リンク

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