ロスティスラフ公

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ロスティスラフ公フランス語: Le Prince Rostislav)は、セルゲイ・ラフマニノフが大オーケストラのために作曲した交響詩である。モスクワ音楽院在学中に作曲された作品で、現存する最初期の管弦楽曲の一つである[1]。音楽院時代の恩師アントン・アレンスキーに献呈された。

18歳の作曲家によって完成され、自筆譜には、1891年12月9日から15日までの日付が記入されている。習作とはいえ、ラフマニノフの最初の大規模な管弦楽曲である(実際は1890年にも交響詩《マンフレッド》を作曲しているが、草稿は失われて現存しない)。華麗で巧緻な管弦楽法にロシアの偉大な先人、チャイコフスキーリムスキー=コルサコフバラキレフの影響がありありと伺われはするものの、仄暗い悲劇的な曲想は、成熟期のラフマニノフの管弦楽曲の前触れとなっている。

生前ラフマニノフが本作を発表しようと試みた形跡は見受けられず、初演は作曲者の歿後の1945年11月2日モスクワにおいて、《スケルツォ ニ短調》と併せて、ニコライ・アノーソフの指揮によって行われた。初版は1947年に出た。

アレクセイ・トルストイに基づいており、次のような物語が音楽で描出されている。 「戦死したロスティスラフ公が川辺に横たわっている。愛した人々には忘れられ、妻が別の男に娶られると、亡きロスティスラフ公は絶望の雄叫びを上げる。忘れ去られたロスティスラフ公を慰めるのは、せせらぎの妖精たちだけであった。」 楽曲はニ短調。個性的な楽器の扱いが見られる[1]リムスキー=コルサコフの《サトコ》の第2版(1869年)の影響が見られるが、旋律がより独創的で、オーケストラのテクスチュアはかなり示唆に富む。

註記[編集]

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