ロシア連邦国歌

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Государственный гимн Российской Федерации
Gosudarstvennj Gimn Rossijskoj Federacii (ISO 9:1995)
和訳例:ロシア連邦国歌
楽譜
ロシア連邦国歌の楽譜
国歌の対象 ロシア ロシア
作詞 セルゲイ・ミハルコフ(2000年)
作曲 アレクサンドル・アレクサンドロフ(1938年)
採用時期 2000年

ロシア連邦国歌(-れんぽうこっか、Гимн Российской Федерации)はロシア国歌1944年に制定されたアレクサンドル・アレクサンドロフ(Александр В. Александров)作曲の「ソビエト連邦国歌」(Гимн СССР)の曲に、同じく「ソビエト連邦国歌」の作詞者セルゲイ・ミハルコフ(Сергей В. Михалков)が新たに歌詞をつけ、2001年1月1日からロシア国歌に定められた。法律によりテレビ、ラジオなどの放送では日に二度(放送開始時と終了時、もしくは午前0時と午前6時)、国歌を流すことが義務付けられている。

目次

[編集] 概要

ソ連崩壊後のロシアでは、脱ソ連化を推し進めていたボリス・エリツィン大統領によりミハイル・グリンカ作曲の「愛国歌」が国歌に定められたが、この曲には歌詞が無くメロディーのみが演奏されたため、一向に定着せず公式の国歌として法定化する事も出来なかった。議会の共産党は、ロシアの誇りを呼び興す事が出来るとしてスターリン時代の1944年にそれまでの「インターナショナル」に代わって国歌に定められた「ソビエト連邦国歌」の復活を要求してエリツィン大統領と対立していた。

エリツィンにかわって大統領となったウラジーミル・プーチンは、共産党への懐柔及び「強いソ連」の時代と「現代ロシア」のイメージを重ね合わせ国民の人気を得るべく2000年末にソ連国歌のメロディを復活させる国歌法を制定。ソ連国歌はロシア連邦国歌として生まれ変わった。

大国に相応しい荘厳なメロディーの国歌の復活は多くの国民に歓迎された。

しかし、これはプーチン政権の豊富な資源を背景とした大国主義的政策もあいまって、諸外国には「ソビエト連邦の復活」「冷戦時代の再来」とも受け取られている。特に、ソビエト連邦崩壊後、ロシアと一定の距離を置く姿勢を見せていた旧構成国や旧社会主義国の中には、「ロシアが再度併合を狙っている」という気持ちからロシアへの不信感が強まっており、結果的に、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の拡大などにつながり、却ってロシアとの緊張関係を高めてしまっている。

[編集] 歌詞

ウィキソース ウィキソースロシア連邦国歌の原文があります。

[編集] 日本語訳

1番
ロシア、聖なる我らが国家よ
ロシア、愛しき我らの国よ
力強き意思、大いなる栄光は
汝が持てる物、いつの時にも!
コーラス
讃えあれ、自由なる我らが祖国
幾世の兄弟なる民族の結束
父祖より授かった人々の英知よ!
讃えあれ国よ、汝を誇らん!
2番
南の海より極地の果てへ
広がりたるは我らが森と草原
世界に唯一なる汝、真に唯一なる汝
神に守られた祖国の大地よ!
(コーラス)
3番
夢と生きるための広大なる大地を
未来の時代は我々に開く
祖国に対する忠誠は我らに力を与える
それはかつてあり、今あり、そしてこれからもあり続ける、常に!
(コーラス)

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[編集] 外部リンク