レーナード・スキナード

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レーナード・スキナード (Lynyrd Skynyrd) はアメリカサザン・ロックのバンド。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第95位。

略歴[編集]

1964年の夏にフロリダ州ジャクソンビルで、ロニー・ヴァン・ザント、ゲイリー・ロッシントン、ボブ・バーンズ、アレン・コリンズ、ラリー・ヤンストロムの5名により結成。結成当初のバンド名は「Bob's Backyard」。これはボブ・バーンズの自宅車庫で練習していたことに由来する。1968年にバンド・コンテストで優勝し、地元のローカル・レーベルからデビューした。1970年にバンド名をレーナード・スキナードに改名。この奇妙な名は、メンバーのハイスクール時代の体育教師「レオナルド・スキナー」が長髪の生徒に対して厳しかったため、彼の名前をもじったものである[1]。また当時、2人目のドラマーとしてリッキー・メドロック(後にレーナードでギターを担当する)が加入。リッキーとボブ・バーンズはそれぞれ脱退・再加入を経つつ、時にツインドラムでの演奏も披露した。さらにラリー・ヤンストロムが脱退後、1972年にはベーシストとしてレオン・ウィルクソンが、またレオンの友人で当時レーナードのローディだったビリー・パウエルが正式なキーボード担当として加入した。

やがてバンドはアル・クーパーに見出され、1973年MCAレコードからアルバム『レーナード・スキナード (Pronounced Leh-Nerd Skin-Nerd)』でデビューした。同アルバムのレコーディング時にベーシストのレオンは一時脱退(リリース後に復帰)、その際ベースとギターを手伝ったエド・キングはレコーディング後に3人目のギタリストとして正式加入している。1974年にはアルバム『セカンド・ヘルピング』からのシングル「スウィート・ホーム・アラバマ (Sweet Home Alabama)」が大ヒット。この曲はニール・ヤングの「サザン・マン」「アラバマ」といった曲へのアンサーソングとして知られている[2]。また、同年にはデビュー・アルバムから「フリー・バード (Free Bird)」がシングル・カットされてヒットした。サードアルバムからは「サタデイ・ナイト・スペシャル (Saturday Night Special) 」がバート・レイノルズ主演の映画『ロンゲスト・ヤード (The Longest Yard)』の挿入歌に採用された。トリプルリードギターを擁する重厚な音を特徴とし、オールマン・ブラザーズ・バンドやアトランタ・リズム・セクションと並ぶサザン・ロックの旗手として、ライヴでは多数の観客を動員する人気バンドとなった。最盛期(1976年前後)には南部でのライヴにおいてカルロス・サンタナを前座とするほどの人気を誇った。

音楽的には当時隆盛のブルース・ロックをはじめとするブリティッシュ・ロックに強い影響を受けつつも、アメリカ南部土着のカントリーのセンスを保持し、後にサザン・ロックと呼ばれる音を作り上げた。また、ヴィジュアル・イメージに南軍旗を使うなど、アメリカ南部の、悪く言えばレッドネックのイメージを強く持っていたが、それが南部ではバンドへの根強い支持に繋がっていた。

1977年10月20日、ツアー中の飛行機(コンベア240)がミズーリ州マッカム近郊で燃料切れにより[3]墜落し、ロニー・ヴァン・ザント、スティーヴ・ゲインズ、スティーヴ・ゲインズの姉でバックコーラスのメンバーだったキャシー・ゲインズら主要メンバーが死亡。バンドは解散した。飛行機墜落事故の同年には、ロニーの弟であるドニー・ヴァン・ザントが率いる38スペシャルがデビューしており、しばらくはレーナード・スキナードの後継を名乗り、コンサートでもレーナード・スキナードの曲を演奏するなどしていた。

残ったメンバーのゲイリー・ロッシントン、アレン・コリンズ、ビリー・パウエルらは1980年にロッシントン・コリンズ・バンドを結成し活動を続けたが、アレン・コリンズは1986年に交通事故で下半身不随となり、その4年後に死去した。

1987年、ロニーのもう一人の弟であるジョニー・ヴァン・ザントと共に、レーナード・スキナードとしてバンドを再結成。2006年にはロックの殿堂入りを果たした[4]

2009年には初期メンバーのビリー・パウエルが心臓麻痺で死去したが、バンドは現在も活動を続けている。

メンバー[編集]

初期[編集]

  • ロニー・ヴァン・ザント(Ronnie Van Zant) - ヴォーカル(1977年飛行機事故により死亡)
  • ゲイリー・ロッシントン(Gary Rossington) - ギター
  • アレン・コリンズ(Allen Collins) - ギター
  • エド・キング(Ed King) - ギター(1975年脱退)
  • スティーヴ・ゲインズ(Steve Gaines) - ギター(1975年加入、1977年飛行機事故により死亡)
  • ビリー・パウエル(Billy Powell) - キーボード
  • ラリー・ヤンストロム(Larry Junstrom) - ベース(1972年脱退)
  • レオン・ウィルクソン(Leon Wilkeson) - ベース(1972年加入)
  • ボブ・バーンズ(Bob Burns) - ドラムス(1975年脱退)
  • アーティマス・パイル(Artimus Pyle) - ドラムス(1975年加入)

再結成時[編集]

  • ジョニー・ヴァン・ザント(Johnny Van Zant) - ヴォーカル
  • ゲイリー・ロッシントン(Gary Rossington) - ギター
  • ビリー・パウエル(Billy Powell) - キーボード
  • レオン・ウィルクソン(Leon Wilkeson) - ベース
  • リッキー・メドロック(Rickey Medlocke) - ギター
  • ヒューイ・トマソン(Hughie Thomasson) - ギター
  • マイケル・カーテロン(Michael Cartellone) - ドラムス

ディスコグラフィー[編集]

  • 1973年:レーナード・スキナード (Pronounced Leh-nerd Skin-nerd)
  • 1974年:セカンド・ヘルピング Seconed Helping
  • 1975年:ナッシン・ファンシー Nuthin' Fancy
  • 1976年:ギミー・バック・マイ・ブレッツ Gimme Back My Bullets
  • 1977年:ストリート・サバイバーズ Street Survivors
  • 1978年:Skynyd's First And … Last
  • 1987年:Legend
  • 1991年:Lynyrd Skynyrd 1991
  • 1993年:The Last Rebel
  • 1994年:Endangered Spacies
  • 1997年:Twenty
  • 1998年:Skynyrd's First
  • 1999年:Edge Of Forever
  • 2000年:Christmas Time Again

ライブアルバム[編集]

  • 1976年:One More From The Road
  • 1988年:Southern By The Grace Of God~Live
  • 1998年:Lyve From Steel Town

その他[編集]

  • 1979年:Gold & Platinum
  • 1982年:Best Of The Rest
  • 1989年:Skynyrds' Innyrds
  • 2000年:Then And Now

ソロ[編集]

  • 1986年:Rossington / Returned To Scene Of The Crime

日本公演[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Lynyrd Skynyrd : AllMusic - Biography by Stephen Thomas Erlewine - 2012年12月1日閲覧
  2. ^ Lynyrd Skynyrd 'Sweet Home Alabama' | Classic Tracks - soundonsound.com - 2012年12月1日閲覧
  3. ^ NTSB. “事故報告書” (英語). 2008年2月2日閲覧。
  4. ^ Lynyrd Skynyrd: inducted in 2006 | The Rock and Roll Hall of Fame and Museum - 2012年12月1日閲覧

外部リンク[編集]