レモンストラント派

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レモンストラント派は、狭義では、アルミニウスにより唱えられ、その死後1610年に5箇条の反対意見書(Remonstrantie)にまとめられた信条を支持する神学者たちを指す。その5箇条とは

  1. 神は御子イエス・キリストを信じ、信仰に留まる者に救いの決定を適用したもう。
  2. キリストはすべての人の救いのために死にたもうた。
  3. 聖霊は真実に善なることをしようとしている者を助ける。
  4. 神の救いの恵みは不可抗的ではない。
  5. キリスト者が恵みから脱落することはあり得る。

というものである。これはカルヴァン予定説を修正しゆがめる見解として攻撃され、ドルトレヒト会議で決定的に斥けられた。

広義のレモンストラント派[編集]

広義のレモンストラント派は、オランダにおける改革派教会の支配に反対する精神運動を指す。エラスムスによりヨーロッパに広まった、理性による聖書批判と宗教上の寛容を受け継ぎ、17世紀オランダの学者・文人に大きな基盤を持った伝統だった。「聖職者に対する世俗権力の優位」を認め、オランダの貴族層に支持された。

しかし、アルミニウスの教説が引き起こした論争が政治闘争へと発展し、神学論争は1618年ドルトレヒト会議で、政治闘争は1619年アルミニウス主義を支持した政治家オルデンバルネフェルト総督マウリッツに処刑されることで、それぞれ一応の決着がつけられる。レモンストラント派であるとみられたグロティウスは投獄され、追放された。

しかしこの派の影響力はその後復活し、ソッツィーニ派デカルトの哲学が普及するのを助け、オランダを思想的自由の避難場所・啓蒙思想の中心地とした。

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