レティシア (スペイン王妃)

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レティシア
Letizia Ortiz Rocasolano
スペイン王妃
Reina consorte de España
Letizia Ortiz Rocasolano oil paint 2012.jpg
2012年
出生 1972年9月15日(42歳)
スペインの旗 スペインオビエド
配偶者 アロンソ・ゲレーロ(1998年 - 1999年
  フェリペ6世2004年結婚)
子女 レオノール
ソフィア
父親 ヘスス・ホセ・オルティス・アルバレス
母親 マリア・パローマ・ロカソラーノ・ロドリゲス
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レティシア・オルティス・ロカソラーノLetizia Ortiz Rocasolano[1]1972年9月15日 - )は、スペイン国王フェリペ6世の妃。

経歴[編集]

出生、ジャーナリストとして[編集]

1972年9月15日、スペインのアストゥリアス州オビエドに生まれる。14歳まで地元の公立学校に通い、私立の高等学校に進学。15歳の時に父の転勤に伴い、マドリードの高校へ転校する。そこで、最初の夫となる教師のアロンソ・ゲレーロ (Alonso Guerrero) と出会う。その後、マドリードのコンプルテンセ大学情報学部に進学、情報科学を専攻し、1995年にジャーナリズムの学士号を取得する。

大学卒業後は、オーディオ・ビジュアル・ジャーナリスト学院で修士号を履修する。その後メキシコに渡り、卒業はしていないがジャーナリズムの分野でドクター・コースを受講している。

スペインに帰国後、24時間ニュースチャンネルのCNN+ブルームバーグテレビジョンのスペイン支局で働き始め、2000年からスペイン国営放送テレビション・エスパニョーラに出演するようになった[2]

1998年、マドリードの高校時代の教師ゲレーロと10年の交際期間を経て結婚するが、1年後に離婚した。

2001年には30歳以下の優れたジャーナリストに贈られるLarra賞を受賞している。海外特派員として、アメリカ同時多発テロイラク戦争を取材したこともある。

スペイン王室へ[編集]

2002年10月、知人宅で催された夕食会でアストゥリアス公フェリペと出会う。2人はすぐに意気投合するも、この時フェリペはまだレティシアに対して特別な感情は持っていなかった。

2003年春、正式に交際がスタートする。デートを重ね、9月中旬には国王フアン・カルロス1世夫妻に紹介された。ソフィア王妃の伝記の著者によると、フェリペは「彼女と結婚できないのなら王冠を捨ててもいい」と断言したとのことである。

同年11月1日、フェリペとの婚約が発表された。

スペイン・ボルボン家が民間出身の、しかも離婚歴のある妃を迎えるのは彼女が初である。

2004年5月22日成婚。マドリードで2ヶ月前に列車爆破事件が起きたばかりで、2万人近くの警官、保安要員を動員、上空には空軍の偵察機が飛ぶという厳戒態勢が敷かれた。

2005年10月31日に長女レオノール(Leonor)王女が誕生、2007年4月29日次女ソフィア(Sofia)王女が誕生した。

家族[編集]

スペイン王室
Coat of Arms of Spanish Monarch.svg

フアン・カルロス1世
ソフィア王妃

父ヘスス・ホセ・オルティス・アルバレス(Jesús José Ortiz Álvarez)はジャーナリストで、全国放送アンテナ3ラジオ(Antena 3 Radio)のアストゥリアスでの創設者で、1987年まで責任者を務めた[2]。母マリア・パローマ・ロカソラーノ・ロドリゲス(María Paloma Rocasolano Rodríguez)は看護師で、マドリードの病院に勤めている。祖母メンチュ・アルバレス・デル・バジェ (Menchu Álvarez del Valle) はアストゥリアスでは有名なラジオ・アナウンサーだった。両親は1999年に離婚している。

テルマ (Telma) とエリカ (Érika) の2人の妹がおり、テルマは国境なき医師団の一員として2008年3月に出産帰国するまで活躍。エリカは2007年2月6日、大量の薬物を服用し、6歳の女児を残して自殺している。

レティシア (Letizia) という名前は、通常スペインでは“Leticia”と“C”を使って書かれるが、彼女の場合“Z”が使われている。これは、当時出生届を受理した市役所の担当のイタリア人の誤記入によるものだと言われている。フェリペとの婚約発表以来、“Letizia”と名付けられる新生児が急増した。

その他[編集]

2005年6月2日、フェリペと共に結婚後初めて日本を訪問、皇居での晩餐会に出席した。6月5日、「愛・地球博」を訪れた。

2013年4月、フェリペと出会う前に、スペインでは違法な人工妊娠中絶手術を受けていたと主張する暴露本が出版された。執筆者はレティシアのいとこである[3]

脚注[編集]

  1. ^ Casa de Su Majestad el Rey, La Familia Real, Su Alteza Real la Princesa de Asturias
  2. ^ a b Letizia Ortiz” (スペイン語). Biografías y Vidas (2004年12月). 2012年5月28日閲覧。
  3. ^ “スペイン皇太子妃、結婚前に「違法な中絶手術を受けていた」”. 産経新聞. (2013年4月9日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/130409/erp13040911320006-n1.htm 2013年10月5日閲覧。 

外部リンク[編集]