レジナルド・ジョセフ・ミッチェル

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レジナルド・ジョセフ・ミッチェル

レジナルド・ジョセフ・ミッチェル(Reginald Joseph Mitchell、1895年5月20日 - 1937年6月11日)は、イギリスの航空技術者スタッフォードシャー(115 Congleton Road, Butt Lane, Kidsgrove, Staffordshire, England)に生まれた。スーパーマリンスピットファイアを設計した。

来歴・人物[編集]

1912年、高校卒業後、蒸気機関車製造会社に技師見習いとして就職、1917年にスーパーマリンに転職した。

1933年、癌の手術をした後長期療養に入る。この間に旅行先のドイツでナチスの危険性を感じたミッチェルは、病をおしてスピットファイアを完成させる。

1937年、癌の再発により死去。スピットファイアの改良はスーパーマリンの技師、ジョセフ・スミスに引き継がれた。

救国の士として、映画『スピットファイア』(原題:The First Of The Few)が作られた。

関連項目[編集]