レシュノ

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レシュノ
中央広場

紋章
標語:"Leszno — rozwiń skrzydła"
「レシュノ — 汝の翼を広げよ」
レシュノの位置
レシュノ
座標: 北緯51度51分 東経16度34分 / 北緯51.850度 東経16.567度 / 51.850; 16.567
ポーランドの旗 ポーランド
ヴィエルコポルスカ県
郡に相当
建設 14世紀
町制施行 1547年
行政
 - 町長 トマシュ・マレプシ
面積
 - 計 31.9km2 (12.3mi2)
人口 (2008年)
 - 計 71,000人
 - 人口密度 2,225.7人/km² (5,764.6人/mi²)
等時帯 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1)
 - 夏時間 中央ヨーロッパ夏時間 (UTC+2)
郵便番号 64-100から64-106, 64-110
市外局番 +48 065
ナンバープレート PL
ウェブサイト www.leszno.pl

Pl-Leszno.ogg レシュノ[ヘルプ/ファイル]ポーランド語: Leszno[ˈlɛʂnɔ] ( 聞く))は、ポーランド中部の町。ドイツ名リッサドイツ語: Lissa、1800年から1918年まではポルニシュ・リッサ (Polnisch Lissa) とも)。人口6万3955人(2008年)。1998年までレシュノ県の県都であったが、1999年にヴィエルコポルスカ県の所属となった。

歴史[編集]

町役場
洗礼者ヨハネ教会
PL Leszno Kamieniczka Wieniawa.JPG

レシュノが初めて記録に現れるのは、1393年のことである。当時、この村はヴィエニアヴァ氏族のステファン・ズ・カルニナの所領であった。中世ポーランド貴族の慣習にしたがい、一族は姓を地名に由来するレシュチニスキに変えた。

1473年から神聖ローマ帝国の伯爵位にあり、カルヴァン派に改宗していたレシュチニスキ家は16世紀初頭、ボヘミアを逃れて難民となっていたプロテスタントの共同体「同胞の団結」をレシュノに落ち着かせた。ボヘミアのプロテスタントだけでなく、近くのシレジアからやってきた織物職人も発展に寄与し、1547年にジグムント1世から特権を得て町となることができた。プロテスタント系コミュニティの活動のおかげで、レシュノは大ポーランドの印刷業の中心地ともなった。三十年戦争でシレジアからドイツ人避難民が流入したため、その人口はさらに増えた。当時、町ではボヘミアの教育家で「同胞の団結」の牧師をしていたヤン・アーモス・コメンスキー(コメニウス)がギムナジウムを開設していた。ドイツの詩人ヨハン・ヘールマンは、1638年から1647年に亡くなるまで当地に住んだ。1636年から1639年にかけて、町は防衛力を強化し市域を拡張した。1655年に大火が発生して、レシュノの黄金時代は終わった。大北方戦争中の1707年にはロシアに焼き討ちされ、1709年には疫病が流行した。1738年、2度目の王位を放棄したスタニスワフ・レシチニスキは町を売却し、レシュチニスキ家の支配に幕が下ろされた。

1793年の第二次ポーランド分割で、レシュノはプロイセン王国に併合され、リッサとしてポーゼン州に編入された。1918年から翌年にポーランド大反乱が起きるとそれに加わり、ヴェルサイユ条約によって1920年1月17日にポーランド第二共和国に復帰した。地元住民はポーランドの市民権を取得しなければならなかった。1939年、町はナチス・ドイツに占領された。ポーランド人はポーランド総督府へ再定住することを強いられた。町の大半のユダヤ人(レシュノに関係のあるユダヤ人にはレオ・ベックやリッサのヤーコプといった有名なラビのほか、ポーランド系ユダヤ人作家のルートヴィヒ・カリシュがいた)と残ったポーランド人は、ナチスのアインザッツグルッペンに虐殺された。ナチス・ドイツが壊滅した1945年、町は再びポーランドに復帰した。戦後は急速に開発され、1975年から1998年には県庁が置かれた。2000年には、欧州委員会から「姉妹都市の金星」賞を受賞した。

姉妹都市[編集]

ゆかりの人物[編集]

  • レシュチニスキ家
  • ヨハン・ヘールマン(1585年 - 1647年) 詩人
  • コメニウス(1592年 - 1670年) 教育家
  • ヨーン・ヨンストン(1603年 - 1675年) 学者、医師
  • スタニスワフ・レシチニスキ(1677年 - 1766年) ポーランド・リトアニア国王、ロレーヌ公
  • ハイム・サロモン(1740年 - 1785年) 実業家
  • リッサのヤーコプ(1760年 - 1832年) ラビ
  • ツヴィ・カリシャー(1795年 - 1874年) ラビ
  • ルートヴィヒ・カリシュ(1814年 - 1882年) 小説家
  • カール・フリードリヒ・リヒャルト・フェルスター(1825年 - 1902年) ドイツの眼科医
  • オットー・シュルツェン(1837年 - 1875年) ドイツの医師
  • アルバート・モッセ(1846年 - 1925年) 法律家
  • レオ・ベック(1873年 - 1956年) ラビ
  • ヴォルフガング・マルティニ(1891年 - 1963年) ドイツの軍人
  • ステファン・ロヴェツキ(1895年 - 1944年) 軍人、ジャーナリスト。第二次大戦のレジスタンス組織「国内軍」の指導者
  • ヴォルフガング・トマレ(1900年 - 1978年) ドイツの軍人
  • イルセ・シュヴィデツキ(1907年 - 1997年) ドイツの人類学者
  • スタニスワフ・グロホヴィアク(1934年 - 1976年) 詩人、劇作家
  • ボグダン・ゴリク(1963年 - ) 政治家
  • ラファウ・ドブルツキ(1976年 - ) スピードウェイのライダー
  • アレクサンドリア・リョドラン(1990年 - ) フィギュアスケート選手