レオポルド・ディ・ボルボーネ=ナポリ

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サレルノ公レオポルド、1820年

レオポルド・ジョヴァンニ・ジュゼッペ・ミケーレ・ディ・ボルボーネ=ナポリLeopoldo Giovanni Giuseppe Michele di Borbone-Napoli, 1790年7月2日 - 1851年3月10日)は、ナポリフェルディナンド4世(のち両シチリア王フェルディナンド1世)とその妃で神聖ローマ皇帝フランツ1世の娘であるマリア・カロリーナの間の六男。サレルノ公(Principe di Salerno)の儀礼称号で呼ばれた。

1816年7月28日、姉のマリーア・テレーザとその夫のオーストリア皇帝フランツ1世の間の娘であるマリア・クレメンティーネと結婚した。夫妻の間には4人の子供が生まれた(うち2人は名前が無い)が、成長したのは娘1人だけである。