レオノラ・ヤクピ

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レオノラ・ヤクピ
(Leonora Jakupi)
基本情報
出生名 レオノラ・ヤクピ(Leonora Jakupi)
出生 1978年3月3日(36歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国セルビア社会主義共和国コソボ社会主義自治州スケンデライ / スルビツァ(現コソボ共和国
コソボの旗 コソボ / アルバニアの旗 アルバニア
ジャンル ポップ・ミュージックポップ・フォーク
職業 歌手

レオノラ・ヤクピアルバニア語:Leonora Jakupi)は、コソボ出身の歌手。ユーゴスラビア社会主義連邦共和国セルビア社会主義共和国コソボ社会主義自治州スケンデライ / スルビツァ(現コソボ共和国)出身、1978年3月3日生まれ。民族的アルバニア人。コソヴォの首都プリシュティナ在住。

レオノラの楽曲は商業的なポップ・ミュージックから、愛国的なものまで内容の幅が広い。彼女は主にアルバニア系が多く住むコソヴォアルバニアマケドニア共和国モンテネグロ南部などで高い人気を誇る。

彼女は父親をコソボ紛争によって亡くしている。彼女の最大のヒットともわれるのは、1998年に彼女が紛争によって難民としてアルバニアに逃れているときにリリースした「A vritet pafajsia」(罪なき人が死ぬのか?)で、これは亡くなった彼女の父親や、その他のアルバニア系住民のために捧げられた曲である。

アルバム[編集]

  • Leonora Jakupi(1997年)
  • Sahara dhe Kaprolle(サハラとノロジカ)(2001年)
  • Krejt ndryshe(全て異なる)(2003年)
  • Leonora(レオノラ)(2005年)
  • Zemra to kërkon (私のハートがあなたを求める)(2006年)

発言[編集]

政治に関して:「私は政治には関わらないし、関わりたくない。アーティストは多くのスピリッツを持っているもので、もし私が政治に関わるようになったらそれは悲劇。社会が政治を必要とするのは理解するけど、音楽とは社会にとって栄養補給だ。」

トリビア[編集]

  • レオノラは毎年3月初頭のDrenicaで「A vritet pafajsia」(罪なき人が死ぬのか?)を歌う。これは、コソボ解放軍KLA)とその司令官アデム・ヤシャリAdem Jashari)に捧げられたものである。コソヴォの公共放送 RTKのインタビューによると、これはコソヴォ紛争で亡くなった彼女の父親がKLAのメンバーだったためである。
  • レオノラはアルバム『Sahara dhe Kaprolle』(サハラとノロジカ)について、「なぜこの名前になったか分からない」と話している。これは、彼女はアルバムのタイトル命名権をレコード会社に委ねていたため。
  • レオノラの妹Linditaもコソヴォ紛争で亡くなっている。家族で今も生きているのは彼女の兄と母親である。

外部リンク[編集]