レイ・ブライアント

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レイ・ブライアント
基本情報
出生名 ラファエル・ホーマー・ブライアント
出生 1931年12月24日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア
死没 2011年6月2日(満79歳没)
担当楽器 ピアノ

レイ・ブライアントRay Bryant, 1931年12月24日 - 2011年6月2日)は、アメリカ合衆国ジャズピアニスト作曲家ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。本名はラファエル・ホーマー・ブライアント(Raphael Homer Bryant)。

略歴[編集]

6歳でピアノの演奏を始め、ジュニアハイスクール時代はダブルベースも手懸けた。成人するまでに職業音楽家としての活動に入り、マイルス・デイヴィスソニー・ロリンズメルバ・リストンコールマン・ホーキンスらと共演したほか、カーメン・マクレエアレサ・フランクリンらの伴奏者を務めた。1950年代後半より自身のトリオを結成して世界中で演奏したが、ソロとしても活動した。さらに、作曲家としても名を揚げ、《クバーノ・チャント(Cubano Chant)》《マディソン・タイム(The Madison Time)》《モンキー・ビジネス(Monkey Business)》《リトル・スージー(Little Susie)》の旋律は、見事に有名なテーマとなった。

2011年6月2日、ニューヨーククイーンズ区の病院で死去。79歳没[1]

親族[編集]

ミュージシャンのユーバンクスはブライアントのであり、二人の父レン・ブライアント(Len Bryant)はドラマーで歌手である。ブライアントのもう一人の兄弟トミー(Tommy Bryant, 1930年5月21日 - 1982年3月1日)はベース奏者であった。トミーとレイのブライアント兄弟は、1964年オズ・パーキンスとともに、オフ・ブロードウェイのコメディ「ケンブリッジ・サーカス」のためのバックバンドとしてトリオを結成した。(このショウの出演者は、ジョン・クリーズビル・オディティム・ブルック=テイラーデヴィッド・ハッチジョー・ケンドールグレアム・チャップマンジョナサン・リンジーン・ハートであった。)

出典・外部リンク[編集]

  1. ^ “Ray Bryant, Jazz Pianist, Dies at 79”. ニューヨーク・タイムズ. (2011年6月3日). http://www.nytimes.com/2011/06/04/arts/music/ray-bryant-jazz-pianist-dies-at-79.html?ref=deathsobituaries 2011年6月10日閲覧。 (英語)

音源[編集]