ループレヒト (バイエルン王太子)
ループレヒト・マリア・ルイトポルト・フェルディナント・フォン・バイエルン(Rupprecht Maria Luitpold Ferdinand Kronprinz von Bayern, Herzog von Bayern, Franken und in Schwaben, Pfalzgraf bei Rhein, 1869年5月18日 - 1955年8月2日)は、バイエルン王国の最後の王太子。バイエルン公、ライン宮中伯。
ミュンヘンで、のちに最後のバイエルン国王となるルートヴィヒ3世とモデナ公フランチェスコ5世の姪マリア・テレジアの長男として生まれた。
第一次世界大戦ではドイツ陸軍第6軍の指揮官を務め、1916年には元帥となった。
バイエルン公カール・テオドール(オーストリア皇后エリーザベトの弟)の娘マリー・ガブリエーレと1900年に結婚したが、死別した。
1921年、ルクセンブルク大公シャルロットの妹アントニアと再婚した。
1919年に母のマリア・テレジア王妃が死去したためループレヒトはジャコバイトの支持においてのイングランド王ロバート1世、スコットランド王としてはロバート4世となった(ジャコバイト派の立場でみればループレヒトは父親からは王位を継承できなかったものの、母親からは王位を継承できたことになる)。
1921年には父ルートヴィヒ3世の死去によりバイエルン王家の家長となる。
1939年、イタリアに亡命したが、妻や子をはじめとするヴィッテルスバッハ家の者はハンガリーに残留していたため、1944年に逮捕されザクセンハウゼン強制収容所やダッハウ強制収容所などに収容された。1945年、ナチス・ドイツの降伏後にようやくミュンヘンに戻ることが出来た。1955年に86歳で死去した。
[編集] 家族
1900年、ヴィッテルスバッハ家傍系の同族であるバイエルン公カール・テオドールの娘マリー・ガブリエーレと結婚、5人の子女をもうけたが、成長したのは1人だけだった。
- ルイトポルト(1901年 - 1914年)
- イルミンガルト(1902年 - 1903年)
- アルブレヒト(1905年 - 1996年) バイエルン王家家長。ジャコバイトの王としては“アルバート1世”と称した。
- ルドルフ(1909年 - 1912年)
1921年、ルクセンブルク大公シャルロットの妹アントニアと再婚し、6人の子女をもうけた。
- ハインリヒ(1922年 - 1958年)
- イルミンガルト(1923年 - 2010年) 従兄のバイエルン王子ルートヴィヒと結婚
- エーディタ(1924年 - )
- ヒルダ(1926年 - 2002年)
- ガブリエーレ(1927年 - ) クロイ公カールと結婚
- ゾフィー(1935年 - ) アーレンベルク公ジャン=エンゲルベルトと結婚
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