ルートヴィヒ (映画)

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ルートヴィヒ
Ludwig
監督 ルキーノ・ヴィスコンティ
脚本 ルキーノ・ヴィスコンティ
エンリコ・メディオーリ
スーゾ・チェッキ・ダミーコ
製作 ウーゴ・サンタルチーア
製作総指揮 ロバート・ゴードン・エドワーズ
出演者 ヘルムート・バーガー
ロミー・シュナイダー
トレヴァー・ハワード
音楽 ロベルト・シューマン
リヒャルト・ワーグナー
ジャック・オッフェンバック
撮影 アルマンド・ナンヌッツィ
編集 ルッジェーロ・マストロヤンニ
配給 イタリアの旗 パンタ・チネマトグラフィカ
日本の旗 東宝東和
公開 西ドイツの旗 1972年12月29日(ボン・プレミア上映)
イタリアの旗 1973年3月7日
アメリカ合衆国の旗 1973年3月8日
フランスの旗 1973年3月15日
日本の旗 1980年11月8日(短縮版)
上映時間 237分(完全版)
製作国 イタリアの旗 イタリア
フランスの旗 フランス
西ドイツの旗 西ドイツ
言語 イタリアの旗 イタリア語
ドイツの旗 ドイツ語
フランスの旗 フランス語
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ルートヴィヒ』(ドイツ語: Ludwig, 人名)は、ルキーノ・ヴィスコンティ監督による1972年イタリアフランス西ドイツ合作映画である。


注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。


目次

[編集] 概要

地獄に堕ちた勇者ども』(1969年)、『ベニスに死す』(1971年)と並ぶ「ドイツ三部作」の最終章。バイエルンルートヴィヒ2世の生涯を史実に沿った形で描く歴史大作。中期以降のヴィスコンティ作品に見られる絢爛豪華な貴族趣味を極限まで高めた作品で、一切妥協のない舞台装置は観客の目を奪う。独善的な芸術家ワーグナーとの不安定な繋がりや、ホモセクシュアルを含めた耽美的な愛憎劇も織り込まれた非常に重厚な作品である。

長期に亘った撮影中にヴィスコンティは病に倒れるが、ハードなリハビリを乗り越え、奇跡の復帰を遂げて完成させたと言われる。ただし左半身の後遺症は生涯残ることとなった。そのような、まさに執念で作られたこの映画は、当初およそ4時間もの作品であったが、配給会社から「長すぎる」とのクレームを付けられ、止む無くヴィスコンティ自身の手によって約3時間に、さらに第三者によって約140分に短縮させられた。日本では、制作から8年を経てヴィスコンティ没後4年目の1980年、ヴィスコンティ編集版(3時間版)が 『ルードウィヒ/神々の黄昏』 の邦題で公開され、多大な反響を巻き起こした。日本でのヴィスコンティ人気は 『山猫』 などの貴族映画に重きを置かれる傾向にあり、この作品はそうした流れに決定的な影響を与えた。

そして同じ1980年にはヴェネツィア国際映画祭において、ヴィスコンティの当初の意図に限りなく近いとされる4時間版が初めて公開され、さらに1995年には、劣化したオリジナル・ネガの修復が行われた。この作業は漸進的に行われ、日本においては2006年に 『ルートヴィヒ【完全復元版】』 と題して、ヴィスコンティの生誕百年祭特集として公開された。なお、邦題は当初、前述通り 『神々の黄昏』 が副題として用いられていた。これは言うまでもなくワーグナーの楽劇 『ニーベルングの指環』 の章題であり、ワーグナーとの交流を強調するために用いられていたが、近年では原題にない言葉でもあるため用いられていない。主演以下、主要な役にドイツ圏の俳優が多く起用されており、題材に沿ったドイツ語版も存在するが、日本など多くの国ではイタリア語版で公開、販売されている。ヘルムート・バーガーらはイタリア語も堪能であり、脚本家が全員イタリア人であることからも、これがもっともオリジナルな形と思われる。

[編集] スタッフ

[編集] キャスト

[編集] エピソード

ヴィスコンティは、長らくマルセル・プルーストの大長編小説失われた時を求めて』の映画化に執念を燃やしており、ロケハンやシナリオの完成まで漕ぎ着けるが、予算の都合でついに実現しなかった。代わって制作されたのがこの作品である。

[編集] 関連項目

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