ルートヴィヒ・イン・バイエルン

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ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・イン・バイエルンLudwig Wilhelm in Bayern, 1831年6月21日 ミュンヘン - 1920年11月6日 ミュンヘン)は、ドイツバイエルン王家の傍系バイエルン公爵家(Herzog in Bayern)の公子。オーストリア皇后エリーザベトの長兄。

バイエルン公マックス・ヨーゼフとその妻でバイエルン王マクシミリアン1世の娘であるルドヴィカの第1子、長男として生まれた[1]。1859年5月28日にアウクスブルクにおいて女優のヘンリエッテ・メンデルと結婚した。この結婚は貴賤結婚だったので、ルートヴィヒはバイエルン公爵家の家督相続権を放棄して弟カール・テオドールに譲り、また妻子にはヴァラーゼー男爵(Freiherr/Freiin von Wallersee)の称号を確保した。ヘンリエッテと死別後、1892年11月19日にミュンヘンで女優のアントーニエ・バールトと再婚し、後妻にフォン・バルトフ(Frau von Bartolf)の貴族姓を確保した。しかしアントーニエとは1913年に離婚した。1920年に心臓麻痺のため89歳で死去し、ミュンヘンの東墓地(Ostfriedhof)に葬られた。

子女[編集]

最初の妻ヘンリエッテとの間に、結婚前に1男1女をもうけていた。子供たちは両親の結婚に際し、母と同じヴァラーゼー男爵(夫人)の称号を授けられた。

  • マリー・ルイーゼ・エリーザベト・メンデル(1858年 - 1940年) - 1877年にゲオルク・ラリッシュ=メーニッヒ伯爵と結婚(1896年離婚)、1897年に作曲家オットー・ブルックスと再婚、1924年に自然療法師ウィリアム・マイヤーズと三度目の結婚
  • カール・エマヌエル・メンデル(1859年)

脚注[編集]

  1. ^ Darryl Lundy (2009年1月28日). “Ludwig Wilhelm Herzog in Bayern”. thePeerage.com. 2012年9月25日閲覧。