ルーチョ・チェッキネロ
| ルーチョ・チェッキネロ | |
|---|---|
| グランプリでの経歴 | |
| 国籍 | |
| 活動期間 | 1993年 - 1994年, 1996年 - 2003年 |
| チーム | アプリリア, ホンダ |
| レース数 | 149 |
| チャンピオン | 0 |
| 優勝回数 | 7 |
| 表彰台回数 | 12 |
| 通算獲得ポイント | 914 |
| ポールポジション回数 | 4 |
| ファステストラップ回数 | 0 |
| 初グランプリ | 1993年 125cc オーストラリアGP |
| 初勝利 | 1998年 125cc マドリードGP |
| 最終勝利 | 2003年 125cc イタリアGP |
| 最終グランプリ | 2003年 125cc バレンシアGP |
ルーチョ・チェッキネロ ( Lucio Cecchinello, 1969年11月21日 - ) は、イタリア・ヴェネツィア出身の元モーターサイクル・ロードレースライダー。現在はロードレース世界選手権MotoGPクラスでチーム・LCRを運営している。
目次 |
ライダーとしての経歴 [編集]
オートバイレースのメカニックとして働いていたが、1989年にライダーとしてレースを開始する。イタリア国内のスポーツ・プロダクション選手権にNSR125を駆って参戦し、3戦目のモンツァで初優勝を果たした。翌1990年にはマックス・ビアッジに次いでシリーズ2位に入った。
1991年にはかつてメカニックとして所属していた Team Italia からロードレースヨーロッパ選手権に参戦を開始する。初年度はシリーズ10位、翌1992年にはシリーズ2位となった。そして1993年に、Gazzaniga Team からロードレース世界選手権125ccクラスにデビューを果たした。翌1994年には GIVI チームに移籍し、プライベーター仕様のホンダ・RS125を駆って初ポイントを獲得した。1995年にはヨーロッパ選手権に戻り、パオロ・ピレリのチームでRS125を駆って11戦中8勝を収め、チャンピオンを獲得した。
1996年はチェッキネロにとってターニングポイントとなった。自らがオーナーとなる、1台体制の小さなチームを立ち上げ、グランプリ125ccクラス復帰を果たした。1996年、1997年とトップ10圏内フィニッシュを何度か記録し、1998年第6戦ハラマでGP初優勝を果たした。
その後も125ccクラスに参戦を続け、2001年には第6戦カタルニアで通算2勝目を記録し、シリーズランキングでは4位に入った。2002年はおそらくチェッキネロのベストシーズンであり、年間3勝を果たし再びシリーズ4位を記録した。現役最後の年となった2003年には、ホームグランプリのムジェロで優勝を果たすという夢を叶えた。
ロードレース世界選手権 戦績 [編集]
| シーズン | クラス | 出走 | 1位 | 2位 | 3位 | 表彰台計 | PP | バイク | ポイント | シリーズ順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1993年 | 125cc | 12 | - | - | - | - | - | Gazzaniga | - | - |
| 1994年 | 125cc | 14 | - | - | - | - | - | ホンダ | 5 | 30 |
| 1996年 | 125cc | 15 | - | - | - | - | - | ホンダ | 59 | 15 |
| 1997年 | 125cc | 15 | - | - | - | - | - | ホンダ | 73 | 14 |
| 1998年 | 125cc | 13 | 1 | - | 2 | 3 | - | ホンダ | 130 | 5 |
| 1999年 | 125cc | 16 | - | 2 | 2 | 4 | 3 | ホンダ | 108 | 9 |
| 2000年 | 125cc | 16 | - | - | - | - | - | ホンダ | 91 | 11 |
| 2001年 | 125cc | 16 | 1 | 2 | 1 | 4 | 1 | アプリリア | 156 | 4 |
| 2002年 | 125cc | 16 | 3 | 2 | - | 5 | - | アプリリア | 180 | 4 |
| 2003年 | 125cc | 16 | 2 | 1 | - | 3 | - | アプリリア | 112 | 9 |
| 合計 | 149 | 7 | 7 | 5 | 19 | 4 | 914 |
チーム・LCR [編集]
詳細は「チーム・LCR」を参照
チェッキネロは1996年に自らがオーナーのレーシングチームを設立した。当初はチェッキネロ自身がライダーとなる1台体制で、ホンダ・RS125を駆って125ccクラスを戦った。1998年にはチーメイトに上田昇を迎えて2台体制に拡大、2001年にはマシンをアプリリアにスイッチした。
2002年には新たに250ccクラスにも参戦を開始し、のちにMotoGPワールドチャンピオンとなるケーシー・ストーナーのデビューチームとなった。チェッキネロは2003年シーズン終了をもって現役を引退するが、LCRはランディ・ド・プニエをエースライダーに参戦を継続した。
2006年にはストーナーをライダーに、ホンダ・RC211VでMotoGPクラスに参戦を開始する。ストーナーの活躍によって、参戦初年度に表彰台とポールポジションを獲得した。翌2007年はストーナーがドゥカティワークスに引き抜かれたためベテランのカルロス・チェカをライダーに迎えた。2008年からはド・プニエがチームに復帰し、引き続き1台体制で最高峰クラスに参戦を続けている。
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- motogp.com ルーチョ・チェッキネロ経歴
- lcr.mc チーム・LCR公式ウェブサイト(日本語)