ルベーグ積分

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変数の値がaからbに変化する時における関数fの積分は、図の青く塗られた部分の面積として表される

数学において関数積分はその関数と x 軸の間の図形の面積とみなすことができる。ルベーグ積分(ルベーグせきぶん、Lebesgue integral)とは、より広い種類の関数が積分できるように拡張したものである。ルベーグ積分においては、被積分関数は連続である必要はなく、至るところ不連続でもよいし、関数値として無限大をとることがあってもよい。さらに、関数の定義域も拡張され、測度空間と呼ばれる空間で定義された関数を被積分関数とすることもできる。

このような積分の拡張が必要となった背景には、フーリエ級数などの関数列の極限として表される関数に対して、積分と極限操作が可換となるかどうかをリーマン積分で考えるために非常に繊細な議論が必要だったということがある。この点について、ルベーグ積分では、関数列の極限が被積分関数として適当かどうかを考える必要がなく、積分と極限操作の交換も簡単な十分条件が分かっている。

ルベーグ積分の名前は、数学者のアンリ・ルベーグ(Henri Lebesgue、1875年 - 1941年)に由来している。

概要[編集]

積分を厳密なものにしようという動きは、19世紀に始まる。ベルンハルト・リーマンが提案したリーマン積分は大きな前進であった。リーマンは関数の積分を「簡単に計算できる積分」で近似することによって定義した。この定義による積分は、それまで解答が知られていた問題に対して予想通りの結果をもたらしたし、他の問題に対しても新しい結果を与えることになった。

しかし、リーマン積分は関数列の極限との相性が悪く、そのような極限と積分が同時にあらわれるような局面では困難な解析を必要とする場合があった。それに対して、ルベーグ積分においては、積分記号のもとでの極限がより扱いやすくなっている。ルベーグ積分では、リーマンとは異なる形の「簡単に計算できる積分」を考えており、このことがルベーグ積分がリーマン積分よりよく振舞う理由となっている。さらに、ルベーグ積分ではリーマン積分より広い種類の関数に対して積分を定義することが可能になっている。例えば、無理数で 0 を有理数で 1 をとる関数(ディリクレの関数)はリーマン積分では積分が定義されないが、ルベーグ積分では積分できる。

ルベーグ積分の構成[編集]

以下ルベーグ積分のよく知られた構成法を示す。この方法は二つの章に分けられる。

  1. 可測集合と測度
  2. 可測関数と積分

この二つの章の内容は、直感的には円柱三角柱の体積を計算する前に底面積を計算し、ついで、高さをかけるという作業に似ている。すべての平面図形の面積を定義するのが最初の章であり、その図形を底面とする複雑な立体の体積を計算するのが第二の章である。

測度論[編集]

当初、測度論は線分平面図形立体などの長さ面積体積などの精密な解析のために考え出されたものである。特に 実数全体の集合R の部分集合について、その部分集合の長さとは何か、という問いに対して整然とした解答を与えるものであった。 集合論の発展によって、自然な加法性を持ち、平行移動不変になるように、実数体R のすべての部分集合に長さを定義することが不可能であることがわかった。このことにより、可測集合と呼ばれる種類の部分集合にのみ長さを定義する必要が生まれた。

当然であるが、リーマン積分においても長さというものを暗黙に使用している。そうではあるが、実際のところは、リーマン積分では長方形 [a, b] × [c, d] の面積が (ba)(dc) で計算できることだけを基礎としている。リーマン積分は積分を近似するための「簡単に計算できる積分」として、このような長方形を並べたものだけを使っており、測度に関するより深い議論を必要としなかったのである。

現代では測度と積分は公理的に定義される。測度というのは、集合 X の適当な条件を満たす部分集合の Σ 上で定義された適当な条件を満たす関数 μ であれば何でもよく、Xユークリッド空間であったり、Σが面積を計算したい図形であったりする必要はないし、μ の値が面積とかけ離れたものでもよい。そこで、ユークリッド空間の図形の面積を与える測度は特別にルベーグ測度という名前がついている。測度が満たすべき適当な条件については測度論を参照されたい。

積分[編集]

測度空間として (X, M, μ) が与えられたとする。例えば、X としてユークリッド空間M をルベーグ可測集合全体、μ としてルベーグ測度などが考えられる。確率論においては測度空間としてμ(X)=1であるような測度空間(確率空間)を使う。

ルベーグ積分において、被積分関数になる関数は可測関数と呼ばれる関数である。X上で定義された実数または±∞に値をとる関数 f が可測関数あるいはM-可測関数であるとは、任意の実数aについて(a,+∞]=(a,+∞)∪{+∞}のfによる逆像がMに属すること:

f^{-1}((a,\infty]) \in M

が成り立つことである。複素数値関数は、その実部虚部が共に可測関数のとき、可測関数あるいはM-可測関数であるという。このように関数の可測性を定めれば、可測関数の全体からなる集合は代数的な操作(和、差、積、商、実数倍または複素数倍)に関して閉じていることが分かる。可測関数の全体の集合は、実数体または複素数体の上の線型空間を成すことも分かる。また、完全加法族Mの性質から、R∪{+∞,-∞}の全ての部分集合Iの可測関数fによる逆像f-1(I)もMに属することも分かる。重要なことは、多くの関数列の極限に関して閉じていることである。例えば、可測関数の列 fk に対して

\varliminf_{k\in\mathbb{N}}f_k,\quad\varlimsup_{k\in\mathbb{N}}f_k

で与えられる関数もまた可測関数になる。従って、可測関数列が各点収束していれば極限関数もまた可測関数である。

可測関数 f に対して、そのX上での測度μについての積分

\int_X f\,d\mu

を以下の手順で構成する。

集合の定義関数の場合
可測集合 S に対して、S定義関数  1_S の積分を
\int_X 1_S\,d\mu = \mu(S)
で定める。これがルベーグ積分における「簡単に計算できる積分」である。
非負値可測単関数(simple function)の場合
可測集合の定義関数の有限個の線型結合
\sum_k a_k1_{S_k}
で書ける関数を可測単関数という。
全てのkに対しak≧0であるとき非負値可測単関数と呼ぶ。
その積分を
\int_X \left(\sum_k a_k1_{S_k}\right)\,d\mu = \sum_k a_k\mu(S_k)
で定める。
非負値可測関数の場合
非負値可測関数(+∞ も値として許す) f の積分を
\int_X f\,d\mu = \sup\left\{\int_X s\,d\mu : 0\leq s\leq f,\, s \mbox{ is a simple function} \right\}
で定める。
実数値可測関数の場合
実数値可測関数(±∞ も値として許す) f の積分を定義する。まず f
f = f^+ - f^-\,
と分解する。ここで
f^+(x) = \max\{f(x), 0\}\,
f^-(x) = \max\{-f(x), 0\}\,
である。このとき、両者とも非負可測関数である。さらに、
|f| = f^+ + f^-\,
も非負値可測関数である。

以上の準備を基に、実数値可測関数 fルベーグ可積分であるとは

\int_X f^+\,d\mu < \infty,\quad \int_X f^-\,d\mu < \infty

を充たす事である。このときfμによる積分を

\int_X f\,d\mu = \int_X f^+\,d\mu - \int_X f^-\,d\mu

によって定める。

複素数値可測関数の積分は、その実部uと虚部vがルベーグ可積分であるならば、u,vの積分をα,βとするとき、α+で定義される。

可測集合EXでのfのルベーグ積分はf1EX上での積分として定義される。

直感的な解釈[編集]

積分の定義方法の違いを直感的に理解できるように、山の(海抜より上の部分の)体積を計算する例を考えよう。この山の境界ははっきりと定まっているとする(これが積分範囲である)。

リーマン積分による方法
ケーキを切るときのように、山を縦方向に切り分けて細分する。このとき、各パーツの底面は長方形になるようにする。次に、各パーツで最も標高が高いところを調べ、底面の面積とその標高を掛け合わせる。各パーツごとに計算したその値を足したものを、上リーマン和と呼ぶことにする。同様のことを、最も標高が低いところに対して行い、下リーマン和と呼ぶことにする。分割を細かくしていったときに、上・下のリーマン和が同じ値に収束するときに、リーマン積分可能であるといい、その極限値が山の体積になる。
ルベーグ積分による方法
山の等高線を地図にする。等高線にそって地図を裁断して、地図をいくつかのパーツに分解する。各パーツは面積を計算できる平面図形なので(測度が分かっているので)、パーツの面積とそのパーツの最も低い点の標高を掛け合わせる。各パーツのこの値を足したものを「ルベーグ和」と呼ぶことにする。この「ルベーグ和」はルベーグ積分の構成にあった、単関数の積分に相当する。等高線の間隔を半分にしていったときの「ルベーグ和」の極限値が山の体積になる。

[編集]

有理数体 Q の定義関数 1Qディリクレの関数)を考える。この関数は至るところ不連続である。

  • 1Q [0,1] 上でリーマン可積分ではない: [0,1] をどのように区間に分割しても、各区間には有理数と無理数の両方が少なくともひとつは入っている。よって、上積分は常に 1 であり、下積分は常に 0 になり、リーマン可積分ではない。
  • 1Q [0,1] 上でルベーグ可積分である: 集合の定義関数の積分は定義より
     \int_{[0,1]} 1_{\mathbf{Q}} \, d \mu = \mu(\mathbf{Q} \cap [0,1]) = 0

ルベーグ積分における定理[編集]

ルベーグ積分においては零集合の上でのみ異なる値をとる関数を区別しない。 正確に言うと、関数 fgほとんど至るところ等しいとは

 \mu(\{x \in E: f(x) \neq g(x)\}) = 0

をみたすことであり、

 f = g,\quad\mbox{a.e.}

とも書く。

  • 非負値可測関数(+∞ を関数値として許す)fg がほとんど至るところ等しいならば
     \int_E f\, d \mu =  \int_E g\, d \mu.
  • 可測関数(±∞ を関数値として許す) fg がほとんど至るところ等しいならば、f が可積分であることと g が可積分であることは同値であり、可積分のときは積分の値も等しい。

ルベーグ積分は以下の性質を持っている。

線型性: 可積分関数 fg と実数 ab に対して、af + bg も可積分になり

 \int_E (a f + bg) d \mu = a \int_E f d\mu + b \int_E g d\mu\,

単調性: 0≤fg ならば

 \int_E f d \mu \leq  \int_E g d \mu

単調収束定理: {fk}kN を非負値可測関数の増大列とする。つまり

 0\leq f_k(x) \leq f_{k+1}(x) \quad \forall k\in \mathbb{N}, a.e.\ x \in E.

このとき

 \lim_k \int f_k d \mu = \int \lim_k f_k d \mu.

が成立する。

注意: 左辺または右辺の一方が正の無限大に発散すれば、もう一方の辺も同様である。

ファトゥーの補題: {fk}kN を非負値可測関数の列とする。このとき

 \int \varliminf_k f_k d \mu  \leq  \varliminf_k \int f_k d \mu

が成立する。

この定理においては左辺が正の無限大に発散すれば、右辺も正の無限大に発散する。

ルベーグの収束定理: {fk}kN を可測関数の列で f概収束するとし、可積分関数 g によって、 任意の k に対して|fk| ≤ g a.e.と上下から押さえられているとする。このとき、極限関数 f も可積分であり

 \lim_k \int f_k d \mu = \int f d \mu

が成立する。

他の定式化[編集]

可測関数についての分布関数の広義リーマン積分によってルベーグ積分を定義することもある。

(X,Σ,μ)を測度空間、EΣとするとき、任意のt≧0と非負値Σ-可測関数fに対して、f分布関数L(t)=μ({xE : f(x)>t})の無限区間[0,+∞)での広義リーマン積分(=I とする)を、非負値Σ-可測関数fの可測集合E上でのルベーグ積分という。即ち、

I=\int_E f d\mu = \int_{0}^{\infty}L(t)dt .

f(x)が有界(∃M≧0,∀xE, |f(x)|≦M)であるとき、tMならば、L(t)=0である。このとき、f本質的上限(essential supremum)ess sup(f)=inf{tR : L(t)=0}=mとすれば、定義式の広義リーマン積分は有界閉区間[0,m]上でのL(t)のリーマン積分に等しくなる:

I=\int_E f d\mu = \int_{0}^{m}L(t)dt .

これはリーマン積分の積分区間についての加法性などから分かる。

fが有界ならばこの積分 I は必ず存在する。fが有界でない場合や、或る t に対してL(t)=+∞である場合にも、+∞もとして許せば、 I は必ず存在する。非負値Σ-可測関数の積分から、上記と全く同様に実数値Σ-可測関数と複素数値Σ-可測関数の積分も定義される。

この積分 I が有限値(I <+∞)であるとき、fE上でルベーグ可積分またはルベーグ積分可能であるという。

この定義によるルベーグ積分に於いても、上記と同じ性質、例えば線型性単調性、単調収束定理、ファトゥの補題、ルベーグの収束定理などが成り立つ。

測度論を全く使わない方法としては、リーマン積分はコンパクトを持つ任意の連続関数に対して定まっているので、関数解析の手法を用いることでより一般の関数にこの積分を拡張する方法がある。CcR 上定義された実数値関数でコンパクトな台を持つもの全体とする。ノルムをリーマン積分を用いて

 \|f\| = \int |f(x)| dx

により定める。

これにより Cc線形ノルム空間となる。距離空間の完備化(Hausdorff completions)によって完備な空間に拡張したものを L1 とする。この空間はルベーグ可積分な関数からなる空間と(ほとんど至るところ等しい関数は同一視したとして)同型となる。さらに、リーマン積分は Cc 上の連続な線形汎関数であり、CcL1稠密な部分空間であるから、L1 上の線形汎関数にただ一通りに拡張できる。 この拡張は、ルベーグ積分と一致する。

この方法の問題点は可測関数を完備化により抽象的に得られた空間の点として定めていることであり、この抽象的な点を関数として表現する方法が自明ではないことである。とりわけ、関数列の各点収束と積分との関係を示すことは非常に難しい。This approach can be generalised to build the theory of integration with respect to Radon measures on locally compact spaces. It is the approach adopted by Bourbaki (2004); for more details see Radon measures on locally compact spaces.

参考[編集]

  • "Does anyone believe that the difference between the Lebesgue and Riemann integrals can have physical significance, and that whether say, an airplane would or would not fly could depend on this difference? If such were claimed, I should not care to fly in that plane."「ルベーグ積分とリーマン積分に物理的な意味の違いがあると、たとえばそれで飛行機が飛ぶか飛ばないかが決まるなどと、誰が思う? そんなことがあったら、私は飛行機になど乗らないよ。」 リチャード・ハミング

参考文献[編集]

  • 高木貞治『定本解析概論』岩波書店
  • 寺澤順『はじめてのルベーグ積分』日本評論社
  • 猪狩惺『実解析入門』岩波書店
  • 数学セミナー」2010年8月号、日本評論社(「実解析」とは何か)
  • 新井仁之『ルベーグ積分講義』日本評論社
  • 森真『ルベーグ積分超入門』共立出版
  • 松浦武信・高橋宣明・吉田正廣『物理工学のためのルベーグ積分入門』東海大学出版会
  • 谷島賢二『ルベーグ積分と関数解析朝倉書店
  • R. M. Dudley, Real Analysis and Probability, Wadsworth & Brookes/Cole, 1989. Very thorough treatment, particularly for probabilists with good notes and historical references.
  • P. R. Halmos, Measure Theory, D. van Nostrand Company, Inc. 1950. A classic, though somewhat dated presentation.
  • L. H. Loomis, An Introduction to Abstract Harmonic Analysis, D. van Nostrand Company, Inc. 1953. Includes a presentation of the Daniell integral.
  • H. Lebesgue, Oeuvres Scientifiques, L'Enseignement Mathématique, 1972
  • M. E. Munroe, Introduction to Measure and Integration, Addison Wesley, 1953. Good treatment of the theory of outer measures.
  • W. Rudin, Principles of Mathematical Analysis Third edition, McGraw Hill, 1976. Known as Little Rudin, contains the basics of the Lebesgue theory, but does not treat material such as Fubini's theorem.
  • W. Rudin, Real and Complex Analysis, McGraw Hill, 1966. Known as Big Rudin. A complete and careful presentation of the theory. Good presentation of the Riesz extension theorems. However, there is a minor flaw (in the first edition) in the proof of one of the extension theorems, the discovery of which constitutes exercise 21 of Chapter 2.

関連項目[編集]