ルネ・ジラール

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ルネ・ジラール

ルネ・ジラールRené Girard1923年12月25日 - )はフランス出身の文芸批評家アメリカ合衆国スタンフォード大学デューク大学比較文学の教授を務めた。いわゆるミメーシス(模倣=擬態)の理論を考案し、欲望のミメーシスな性格の発見によって新しい人類学の基礎を築いた。自身では暴力宗教の人類学を専門とすると述べている。

経歴[編集]

著書『文化の諸起源』の第1部に短い自伝的文章が掲載されている。

ルネ・ジラールには妻と3人の子がいる。フランスアヴィニョン生まれ。父はアヴィニョンの博物館で学芸員を務めており、反教権的で共和主義者であった。母は女性としてドローム県初のバカロレア取得者となった人物で、カトリックであった。1943年から1947年までパリの国立古文書学校中世史を学ぶ。

1947年に奨学金を得て渡米。その後アメリカで結婚、研究生活の大半を同地で送る。1950年にインディアナ大学で歴史学の博士号を取得。同大学で文学を教え始める。1957年からジョンズ・ホプキンス大学で教える(1968年まで)。1961年、初の著書『欲望の現象学--文学の虚偽と真実』を公刊。模倣の人類学的側面について研究し始める。これが供犠の問題につながっていき、彼の代表作『暴力と聖なるもの』(1972年)で論じられることになる。1966年10月に彼が企画参加した国際シンポジウム「批評の言語と人文科学」はアメリカ合衆国に構造主義を紹介する上で大きな役割を果たした。シンポジウムの出席者にはロラン・バルトジャック・デリダジャック・ラカンらがいた。1968年にニューヨーク州のバッファロー大学に移籍し、1975年に再びジョンズ・ホプキンス大学に戻る。ミシェル・セールと知り合い、共同研究をおこなう。『世の初めから隠されていること』の構想を開始したのは1971年のことであり、『暴力と聖なるもの』が刊行される以前であった。『暴力と聖なるもの』は比較的評判が悪く、自分の意見を理解してもらう難しさを痛感したという。ジャン=ミシェル・ウグルリヤンとギー・ルフォールというフランスの2人の精神科医の協力を得て『世の初めから隠されていること』が完成したのは1977年夏のことであった。この著作の評判は一般には良好だったが、学会からは酷評を受けた。1980年以降スタンフォード大学に在職。1995年に退職して大学での教育活動を終えて後も同地に居住し、ジャン・ピエール・デュピュイと共に「学際研究プログラム」を指揮し、たくさんのシンポジウムの運営に当たっている。

2005年3月17日カレ神父2004年1月15日死去)の後任としてアカデミー・フランセーズ会員に選出される(座席番号37番)。アカデミー会員としての初会合は2005年12月15日[1]

邦訳著作[編集]

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  1. ^ discours de réception - réponse de Michel Serres

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


前任:
ロベール=タンブロワーズ=マリー・カレ
アカデミー・フランセーズ
席次37

第19代:2005年 -
後任:
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