ルドヴィーコ1世・ゴンザーガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ルドヴィーコ1世・ゴンザーガLudovico I Gonzaga, 1268年 - 1360年1月18日, ルイージ (Luigi) とも)は、マントヴァカピターノ・デル・ポポロで皇帝代官である。ゴンザーガ家最初のマントヴァの僭主(シニョーレ)である。

彼は、グイード・ゴンザーガ(Guido, 1318年死去)の息子でアントーニオ・ゴンザーガ(Antonio, 1283年死去)の孫である。

1328年8月、カングランデ1世・デッラ・スカーラの支援を受けて、それまで僭主としてマントヴァを支配していたリナルド・ボナコルシを追放し、僭主の地位を意味するカピターノ・デル・ポポロの地位に就いた。1329年にはルートヴィヒ4世によりマントヴァの皇帝代官に任命された。

子女[編集]

彼には18人の子どもがいた。

  • グイード(1290年 - 1369年) - マントヴァ僭主
  • フィリッピーノ(? - 1356年)
  • フェルトリーノ(? - 1375年)
  • コッラード
  • アルベルト
  • フェデリーコ
  • アッツォーネ(? - 1413年)
  • トマシーナ - グイレルモ・ディ・カステルバルコと結婚
  • ルシーナ - ニッコロ・フィエスキと結婚

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • Selwyn Brinton, The Gonzaga - Lords of Mantua, Methuen & Co. Ltd., 1927.
先代:
リナルド・ボナコルシ
マントヴァの
カピターノ・デル・ポポロ
1328年 - 1360年
次代:
グイード