ルドヴィーコ1世・ゴンザーガ

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ルドヴィーコ1世・ゴンザーガLudovico I Gonzaga, 1268年 - 1360年1月18日, ルイージ (Luigi) とも)は、マントヴァカピターノ・デル・ポポロで皇帝代官である。ゴンザーガ家最初のマントヴァの僭主(シニョーレ)である。

彼は、グイード・ゴンザーガ(Guido, 1318年死去)の息子でアントーニオ・ゴンザーガ(Antonio, 1283年死去)の孫である。

1328年8月、カングランデ1世・デッラ・スカーラの支援を受けて、それまで僭主としてマントヴァを支配していたリナルド・ボナコルシを追放し、僭主の地位を意味するカピターノ・デル・ポポロの地位に就いた。1329年にはルートヴィヒ4世によりマントヴァの皇帝代官に任命された。

彼には18人の子どもがいて、跡を継いだのはグイードである。

関連項目[編集]

先代:
リナルド・ボナコルシ
マントヴァの
カピターノ・デル・ポポロ
1328年 - 1360年
次代:
グイード
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