ルッジェーロ・マッカリ

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ルッジェーロ・マッカリ
Ruggero Maccari
生年月日 1919年6月28日
没年月日 1989年5月8日(満69歳没)
出生地 ローマ
死没地 ローマ
国籍 イタリアの旗 イタリア

ルッジェーロ・マッカリRuggero Maccari1919年6月28日 ローマ - 1989年5月8日 ローマ)は、イタリア脚本家映画監督である。「イタリア式コメディ」の脚本家として知られる。

来歴・人物[編集]

1919年6月28日、イタリアの首都ローマで生まれる。

1948年、ジョルジョ・シモネッリの映画『11人の男たちとボール』の共同脚本に参加、脚本家としてデビュー。マリオ・モニチェリステーノマリオ・マットリルイジ・ザンパといった監督たちとのコラボレーションが多かった。

1952年、監督としてすでに1本(『われらが人生最悪の時代 I peggiori anni della nostra vita』、1949年)撮っていた脚本家の先輩マリオ・アメンドラと共同で、『Il Tallone di Achille』を演出して、映画監督としてデビュー。もともと共同脚本でアメンドラと作業は多かったが、彼とのタッグで4本を監督した。最後の監督作『知ったかぶりのバカ者ども』(1954年)は、脚本家デビュー作の監督ジョルジョ・シモネッリ作品のリメイクで、のちにマリオ・モニチェリがリメイクした(1984年)。それ以降は脚本に専念する。

「イタリア式コメディ」の時代、アントニオ・ピエトランジェリディノ・リージエットーレ・スコラといった監督の作品を多く手がけた。なかでもスコラについては、彼の『もしお許し願えれば女について話しましょう』での監督デビュー以来、マッカリは自らの最期まで脚本面で支え続けた。スコラとの最後の作品は『ラ・ファミリア』(1987年)であった。

1989年5月8日、ローマにて死去。69歳没。1974年に脚本を手がけ、第47回アカデミー賞アカデミー脚本賞にノミネートされた、ディノ・リージ監督の『女の香り』は、マッカリの没後、1992年に『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』にハリウッド・リメイクされた。

おもなフィルモグラフィ[編集]

本人はクレジット以外は基本的に脚本のみ
監督時代
  • Il Tallone di Achille 1952年 監督・脚本 共同監督・共同脚本マリオ・アメンドラ ※監督デビュー作
  • Finalmente libero ! 1953年 監督・脚本 共同監督・共同脚本マリオ・アメンドラ、音楽ヴィンチェンゾ・ファルコマータ
  • La Campana di San Giusto 1954年 監督・脚本 共同監督・共同脚本マリオ・アメンドラ、音楽ヴィンチェンゾ・ファルコマータ
  • 知ったかぶりのバカ者ども Bertoldo, Bertoldino e Cacasenno 1954年 監督・脚本 共同監督・共同脚本マリオ・アメンドラ
脚本専念後

外部リンク[編集]