ルチ・エネルギア・ウラジオストク

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ルチ・エネルギア・ウラジオストク
原語表記 Футбольный клуб "Луч-Энергия" Владивосток
クラブカラー 黄・青
創設年 1958年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン ウラジオストク
ホームスタジアム ディナモ・スタジアム
収容人数 10,500
代表者 ロシアの旗 アナトリー・ベズニャク
監督 リトアニアの旗 ベンジャミナス・ゼルケヴィチウス
公式サイト 公式サイト
  サッカークラブPJ

ルチ・エネルギア・ウラジオストクロシア語: Футбольный клуб "Луч-Энергия" Владивосток, 英語: FC Luch-Energiya Vladivostok)は、ロシア沿海州ウラジオストクを本拠地とするサッカークラブである。2005年には1部リーグを制し、翌2006年からは、プレミアリーグに参戦している。2007年は成績が振るわずに1部リーグに降格しかけた。 2003年以前は、ただ単に『ルチ』と呼ばれていたが、エネルギー供給企業のダリエネルゴの支援を受け、ルチ・エネルギアと改名した。

目次

[編集] クラブ名の遍歴

  • 1958: ディナモ (Динамо)
  • 1959-2003: ルチ (Луч)
  • 2003-現在: ルチ・エネルギア (Луч-Энергия)

[編集] 歴史

ルチは1958年からソビエト選手権に参戦。当初Bクラス極東地区に配属、1965年に優勝したことによりAクラスへ昇格する。1972年のリーグ改革が行われるまで続いた。

1972年から1991年までソビエトリーグ2部東地区に参戦、1984年の準優勝が最高成績であった。

1992年のソ連崩壊によりロシア1部リーグ東地区に所属し優勝する。翌1993年にはトップリーグに参戦するも15位に終わり降格する。

1994年から1997年までの4年間は1部リーグに参戦、1998年から2003年まではその下の2部リーグ(3部相当)でプレーと、低迷期を迎える。2003年に2部リーグ東地区で優勝したことにより1部復帰を果たす。2004年から2シーズンかけてプレミアリーグに復帰した。

2008年は、最下位で終え、ロシア1部リーグに降格することになった。

[編集] 問題点

ロシアのはるか東に位置するため、相手チームにとっては重大な問題を突きつけられることになる。例えば、ホームでゼニト・サンクトペテルブルクを迎えたときのこと、エフゲニ・ステパノフ (Evgeny Stepanov)、 アレクサンデル・ザライスキ(Aleksandr Zaraysky)、ヴェロニカ・ダヴィドワ(Veronika Davidova)のゼニトファン三人組がはるばるサンクトペテルブルクから15,000kmかけて休まず車を運転したが、ウラジオストクに着いたときには故障して帰れなくなり、仕方なくシベリア鉄道で帰らざるをえなかった。そのため、2006年10月1日に彼らに新しい自動車を進呈したほどである。 また、CSKAモスクワゴールキーパーであるイゴール・アキンフェエフは、7時間のフライトのせいで0-4でCSKAが負けた際に、『ルチは、Jリーグでプレーすべきだ。』とぼやいたほどである。.[1]

[編集] 歴代所属選手

[編集] 外部リンク