ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Luciano Vincenzoni
ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
生年月日 1926年3月7日(88歳)
出生地 イタリア王国の旗 イタリア王国 ヴェネト州トレヴィーゾ県
職業 脚本家
ジャンル イタリア式コメディマカロニ・ウェスタン
活動期間 1954年 -
主な作品
戦争・はだかの兵隊
誘惑されて棄てられて
蜜がいっぱい
続・夕陽のガンマン/地獄の決斗

ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニLuciano Vincenzoni, 1926年3月7日 - )は、イタリア脚本家である[1][2]

人物・来歴[編集]

1926年(大正15年)3月7日イタリア王国(現在のイタリア共和国ヴェネト州トレヴィーゾ県に生まれる[1]

1951年(昭和26年)、マリオ・セクィ監督の『悲劇的な魔法』の製作主任としてクレジットされたのが、映画界でのもっとも古い記録である[1]。1954年(昭和29年)に公開されたマリオ・ボンナールアルド・ファブリッツィ監督による『奴らは路面電車を盗んだ』の脚本執筆に参加、原案としてクレジットされる[1]。同作では、クレジットされていないが、セルジオ・レオーネが演出に参加しており、レオーネとのつきあいはごく初期から始まっていた[1]

1965年(昭和40年)、ピエトロ・ジェルミ監督の『誘惑されて棄てられて』の脚本で、同作の脚本を共同執筆したジェルミ、アージェ=スカルペッリとともにナストロ・ダルジェント最優秀脚本賞を受賞する[1]。1967年(昭和42年)、ピエトロ・ジェルミ監督の『蜜がいっぱい』の脚本でも、同作の脚本を共同執筆したジェルミ、アージェ=スカルペッリとともにナストロ・ダルジェント最優秀脚本賞を受賞する[1]

1996年(平成8年)には、エンニオ・フライアーノの名を冠したフライアーノ映画祭で、永年功労賞を受賞した[1]

おもなフィルモグラフィ[編集]

70作の脚本作がある[1]

1950年代[編集]

1960年代[編集]

1970年代[編集]

1980年代[編集]

1990年代以降[編集]

参考文献[編集]

[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i Luciano Vincenzoni, インターネット・ムービー・データベース (英語), 2010年12月14日閲覧。
  2. ^ Luciano Vincenzoni, allmovie (英語), 2010年12月14日閲覧。

関連事項[編集]

外部リンク[編集]