ルイーゼ・フォン・ザクセン=ゴータ=アルテンブルク

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ルイーゼ・フォン・ザクセン=ゴータ=アルテンブルク

ルイーゼ・フォン・ザクセン=ゴータ=アルテンブルク(Luise Dorothea Pauline Charlotte Fredericka Auguste von Sachsen-Gotha-Altenburg, 1800年12月21日 - 1831年8月30日)は、ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公(のちザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の最初の妃。

ザクセン=ゴータ=アルテンブルク公アウグストと、最初の妃ルイーゼ・シャルロッテ(メクレンブルク=シュヴェリーン大公フリードリヒ・フランツ1世)の一人娘として、ゴータで生まれた。

1817年7月、エルンストと結婚。2男を生んだ。のちのザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト2世と、イギリス女王ヴィクトリア王配となるアルベルトである。

叔父のザクセン=ゴータ=アルテンブルク公フリードリヒ4世が後継者を残さず死去すると、同族(ヴェッティン家)のザクセン諸公の間で領地の再編が行われ、エルンストはザールフェルトと引き換えにゴータを獲得し、初代ザクセン=コーブルク=ゴータ公となった。

エルンストの浮気癖のせいで結婚生活は不幸なものとなり、1824年に2人は別居した。ルイーゼにはリヒテンベルクに新しい住居を与えられたが、2人の息子たちから引き離され、一切の連絡を禁じられた。1826年3月にエルンストとの結婚が正式に解消されると、同年10月にルイーゼはかねてからの愛人アレクサンダー・フォン・ハンスタイン男爵(のちポルツィヒ及びバイアースドルフ伯となる)と秘密裡に再婚した。ルイーゼは幸せな結婚生活を送っていたが、1831年2月に再婚が暴露されたことで子供たちと二度と会えなくなる事態となった。彼女は、同年8月パリで、30歳の若さでのため病死した。