ルイーザ・ボルジア

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ルイーザ・ボルジア:Louisa Borgia)またはルイーズ・ド・ヴァランティノワ:Louise de Valentinois, 1500年5月17日 - 1553年)は、フランスの貴族女性。チェーザレ・ボルジアの唯一の嫡出子。リモージュ女子爵、ペリゴール女伯およびシャリュ英語版の女領主。

教皇アレクサンデル6世の庶子チェーザレ・ボルジアと、その妻でナバラ王ジャン(フアン3世)の妹であるシャルロット・ダルブレの間の一人娘として生まれた[1]。フランスで生まれ育ち、1507年に父と死別した。1517年4月7日、40歳年上のタルモン公ルイ2世・ド・ラ・トレモイユの後妻となるが、夫は1525年にパヴィアの戦いで戦死した。1530年2月3日にビュッセ男爵フィリップ・ド・ブルボン(1499年 - 1557年)と再婚し、間に4男2女の計6人の子女をもうけた。マドリード公カルロス・ハビエル、アランフエス公シクスト・エンリケはルイーズの子孫である。

参考文献[編集]

  • Charles Cawley, Medieval Lands, Albret
  • Leo van de Pas. Worldroots, Descendants of Robert de France, Count of Clermont-en-Beauvaisis

脚注[編集]

  1. ^ Charles Cawley, Medieval Lands, Albret