ルイズルイス加部
| ルイズルイス加部 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 加部正義 |
| 出生 | 1948年11月5日(63歳) |
| ジャンル | グループ・サウンズ ロック |
| 職業 | ベーシスト ギタリスト |
| 担当楽器 | ベース ギター |
| 活動期間 | 1966年 - |
| 共同作業者 | ザ・ゴールデン・カップス ピンククラウド |
| 公式サイト | ZokuZokuKazoku |
| 著名使用楽器 | |
| EKO ROKES BASS フェンダー・ジャズベース フェンダー・ストラトキャスター フェンダー・ムスタング |
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ルイズルイス加部(るいずるいすかべ、1948年11月5日 - )は、 ベーシスト、ギタリストである。本名は加部 正義(かべ まさよし)、父はフランス系アメリカ人、母は日本人、愛称:マーちゃん、マー坊 など。横浜市本牧出身。
[編集] 経歴
1966年、後のグループ・サウンズ(GS)ブームにおける重要なバンドの一つとなるザ・ゴールデン・カップスへ参加、加部は本来ベースだったが、1969年5月にエディ藩の脱退によりギターへ転向(加部はカップス参加前はギタリストだった)。1969年末日を以って加部はマモル・マヌー、林恵文と共にカップスを脱退する。
脱退後は1970年に林恵文、ジョン山崎らと「ルーム」と言うバンドを組むが瞬く間に解散、その後は同年「フード・ブレイン」(陳信輝(ギター)、加部正義(ベース)、角田ヒロ(ドラム)、柳田ヒロ(オルガン))に参加、同年10月に象のジャケットで有名な「晩餐」をリリースする。
1971年に陳信輝(ギター)、ジョーイ・スミス(ドラム、ボーカル)と「スピード・グルー&シンキ」を結成。
1973年頃の「スピード〜」解散後はデイヴ平尾、柳ジョージ、アイ高野らと「(ニュー)ゴールデン・カップス」として京都のサパークラブ「ママリンゴ」などで昔の曲を演奏。また、元ザ・ダイナマイツ〜村八分の山口冨士夫と「リゾート」なるバンドを組んでいたこともあった。
ミュージシャンから足を洗いアメリカに住んでいた加部をCharが訪ね一緒にバンドを組むため熱心に説得。1978年 Char、ジョニー吉長と共にバンド「ジョニー・ルイス&チャー」を結成。後に「ピンククラウド」に名称を変更。武道館公演をできるほどの人気バンドとなったが、1994年に活動停止。
「ピンククラウド」活動停止後は、ソロ・アルバムのリリースや1996年に再結成した「ウオッカ・コリンズ」への参加、「ぞくぞくかぞく」、「布谷文夫 & DEW」など、マイペースの活動を続けている。2003年にはザ・ゴールデン・カップスの再結成に参加する。
シュールなイラストレーションを得意としており、ジョニー・ルイス&チャー、加部自身のソロアルバムのジャケットなどで、その独特な世界を味わうことが出来る。
カップス時代から今日まで、枠に囚われない、フリーなプレースタイルを身上としている。特にカップスでの「リードベース」とも言うべき斬新なプレーは、多くのフォロワーを生んだ。
また、ハーフ特有の日本人離れしたハンサムな外見も特徴の一つで、カップス時代は女性ファンからアイドル的な人気をも得ていた。
ただ、カップスのGSアイドル的な扱いには、加部本人はほとんど関心がなかったようで、やる気なさそうに演奏したり、ジャズ喫茶でのライブをすっぽかすことが度々あったらしい。
現在の主な活動バンドは
- 「ぞくぞくかぞく」 - 加部正義 (GUITAR)/富岡GRICO義広 (DRUMS)/鈴木享明 (BASS)/手代木TESSHII克仁 (GUITAR)
- 「グループアンドアイ」 - 加部正義 (GUITAR) メンバーは家族と友人。
[編集] 外部リンク
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