リーガ・パラグアージャ
| プリメーラ・ディビシオン | |
|---|---|
| 加盟国 | |
| 大陸連盟 | CONMEBOL |
| 開始年 | 1906 |
| ディビジョン | 1 |
| 参加クラブ | 12 |
| リーグレベル | 第1部 |
| 下位リーグ | セグンダ・ディビシオン |
| 国際大会 | コパ・リベルタドーレス コパ・スダメリカーナ |
| 最新優勝クラブ | オリンピア・アスンシオン (2011クラウスーラ) |
| 最多優勝クラブ | オリンピア・アスンシオン (39回) |
| 公式サイト | パラグアイサッカー連盟 |
リーガ・パラグアージャ(Liga Paraguaya)は、パラグアイのサッカー1部リーグである。プリメーラ・ディビシオン(Primera División de Paraguay)とも表記される。12クラブによって争われる。下部リーグはセグンダ・ディビシオン(Segunda División de Paraguay)またはディビシオン・インテルメディア(División Intermedia)である。
強豪クラブはパラグアイの首都アスンシオンに集中しており、アスンシオン市以外に本拠地を構えるクラブの優勝は2回しかない。スポンサー名からコパTIGOとも呼ばれる。
目次 |
[編集] 歴史
1906年、エル・ディアリオ紙の取締役であるドン・アドルフォ・リケルメがオリンピア・アスンシオン、クラブ・グアラニー、クラブ・リベルタ、クラブ・ヘネラル・ディアス、クラブ・ナシオナルの5つのクラブを取りまとめ、アマチュアリーグであるリーガ・パラグアージャ・デ・フトゥボル(Liga Paraguaya de Fútbol)を組織した。ウィリアム・パーツ、フニオ・ゴドイ(オリンピア)、ラモン・カバジェロ、マヌエル・ベジャ、サルバドール・メリアン(グアラニー)、フアン・エスカラーダ(リベルタ)、セサル・ウルダピジェータ(ヘネラル・ディアス)、ビセンテ・ガデア(ナシオナル)がそれぞれのクラブの代表者であった[1]。初年度となった1906年のリーガ・パラグアージャは決勝でオリンピアを破ったグアラニーが優勝した。1921年にはパラグアイサッカー協会が南米サッカー連盟(CONMEBOL)に加盟し、1925年には国際サッカー連盟(FIFA)に加盟した。1941年にはプロリーグに移行した。
[編集] 大会形式
[編集] 優勝と昇降格
2008年にアペルトゥーラ(前期リーグ)とクラウスーラ(後期リーグ)の2ステージ制が導入され、各ステージの最上位クラブが優勝となる[2]。2007年までは、アペルトゥーラとクラウスーラの最上位クラブが優勝決定戦を行って年間王者を決定していた。ひとつのクラブが両ステージで最上位となった場合は、そのクラブが自動的に年間王者となった。過去3年間で最も獲得勝ち点率の低いクラブは自動的にディビシオン・インテルメディア(2部)に降格となり、2番目に低いクラブはインテルメディアの2位のクラブと昇降格プレーオフを行う。インテルメディアの優勝クラブは自動的にプリメーラ・ディビシオン昇格となり、さらに昇降格プレーオフに勝利したクラブが翌シーズンのプリメーラ・ディビシオン参戦の権利を得る。
[編集] 南米カップ戦出場権
2010年より、コパ・リベルタドーレスに3枠、コパ・スダメリカーナに3枠の計6枠の南米カップ戦出場枠を割り当てられている。アペルトゥーラとクラウスーラの優勝クラブが自動的にコパ・リベルタドーレスの出場権を得る。ファーストラウンドに出場できる最後の出場枠は、シーズンの通算成績で最上位のクラブ(各ステージの優勝クラブを除く)に割り当てられる。シーズンの通算成績で最上位のクラブがコパ・スダメリカーナの出場権を得、通算成績で4位と5位のクラブも同大会の出場権を得る。
[編集] 参加クラブ
- 2012年シーズン
| クラブ | 本拠地 | スタジアム | 収容人数 |
|---|---|---|---|
| セロ・ポルテーニョ | アスンシオン | エスタディオ・ヘネラル・パブロ・ロハス | 32,910 |
| セロ・ポルテーニョPF | プレシデンテ・フランコ | エスタディオ・セロ・ポルテーニョ | 5,000 |
| スポルティボ・カラペグア | カラペグア | エスタディオ・テニエンテ・プリメロ・アルシデス・ゴンサレス | 3,000 |
| クラブ・グアラニー | アスンシオン | エスタディオ・ロヘリオ・リビエレス | 6,000 |
| インデペンディエンテFBC | アスンシオン | エスタディオ・リカルド・グレゴール | 1,500 |
| クラブ・リベルタ | アスンシオン | エスタディオ・Dr.ニコラス・ロペス | 10,000 |
| クラブ・ナシオナル | アスンシオン | エスタディオ・アルセニオ・エリコ | 4,000 |
| オリンピア・アスンシオン | アスンシオン | エスタディオ・マヌエル・フェレイラ | 20,000 |
| クラブ・ルビオ・ニュ | アスンシオン | エスタディオ・ラ・アルボレーダ | 5,500 |
| ソル・デ・アメリカ | ビジャ・エリサ | エスタディオ・ルイス・アルフォンソ・ヒアグニ | 5,000 |
| スポルティボ・ルケーニョ | ルケ | エスタディオ・フェリシアーノ・カセレス | 25,000 |
| タクアリーFBC | アスンシオン | エスタディオ・ロベルト・ベッテガ | 7,000 |
[編集] 歴代大会結果
[編集] アマチュア時代
| シーズン | 優勝 | 回数 | 2位 | 3位 |
|---|---|---|---|---|
| 1906 | グアラニー | 1 | オリンピア | リベルタ |
| 1907 | グアラニー | 2 | オリンピア | リベルタ |
| 1908 |
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| 1909 | ナシオナル | 1 | リベルタ | オリンピア |
| 1910 | リベルタ | 1 | アトランティダSC | ナシオナル |
| 1911 | ナシオナル | 2 | アトランティダSC | ソル・デ・アメリカ |
| 1912 | オリンピア | 1 | ソル・デ・アメリカ | ナシオナル |
| 1913 | セロ・ポルテーニョ | 1 | ソル・デ・アメリカ | ナシオナル |
| 1914 | オリンピア | 2 | セロ・ポルテーニョ | リーベル・プラテ |
| 1915 | セロ・ポルテーニョ | 2 | オリンピア | グアラニー |
| 1916 | オリンピア | 3 | グアラニー | ナシオナル |
| 1917 | リベルタ | 2 | オリンピア | セロ・ポルテーニョ |
| 1918 | セロ・ポルテーニョ | 3 | ナシオナル | オリンピア |
| 1919 | セロ・ポルテーニョ | 4 | リーベル・プラテ | オリンピア |
| 1920 | リベルタ | 3 | オリンピア | セロ・ポルテーニョ |
| 1921 | グアラニー | 3 | ナシオナル | ソル・デ・アメリカ |
| 1922 |
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| 1923 | グアラニー | 4 | オリンピア | リベルタ |
| 1924 | ナシオナル | 3 | リベルタ | オリンピア |
| 1925 | オリンピア | 4 | グアラニー | ナシオナル |
| 1926 | ナシオナル | 4 | オリンピア | リーベル・プラテ ソル・デ・アメリカ |
| 1927 | オリンピア | 5 | リベルタ ナシオナル |
該当クラブなし |
| 1928 | オリンピア | 6 | リベルタ | ナシオナル |
| 1929 | オリンピア | 7 | リベルタ | スポルティボ・ルケーニョ リーベル・プラテ |
| 1930 | リベルタ | 4 | リーベル・プラテ | オリンピア |
| 1931 | オリンピア | 8 | リベルタ | 該当クラブなし |
| 1932 |
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| 1933 |
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| 1934 |
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[編集] プロ時代
[編集] クラブ別優勝回数
| クラブ | 優勝 | 2位 | 優勝シーズン |
|---|---|---|---|
| オリンピア | 39 | 21 | 1912, 1914, 1916, 1925, 1927, 1928, 1929, 1931, 1936, 1937, 1938, 1947, 1948, 1956, 1957, 1958, 1959, 1960, 1962, 1965, 1968, 1971, 1975, 1978, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1985, 1988, 1989, 1993, 1995, 1997, 1998, 1999, 2000, クラウスーラ2011 |
| セロ・ポルテーニョ | 28 | 28 | 1913, 1915, 1918, 1919, 1935, 1939, 1940, 1941, 1944, 1950, 1954, 1961, 1963, 1966, 1970, 1972, 1973, 1974, 1977, 1987, 1990, 1992, 1994, 1996, 2001, 2004, 2005, アペルトゥーラ2009 |
| リベルタ | 15 | 20 | 1910, 1917, 1920, 1930, 1943, 1945, 1955, 1976, 2002, 2003, 2006, 2007, アペルトゥーラ2008, クラウスーラ2008, クラウスーラ2010 |
| グアラニー | 10 | 12 | 1906, 1907, 1921, 1923, 1949, 1964, 1967, 1969, 1984, アペルトゥーラ2010 |
| ナシオナル | 8 | 9 | 1909, 1911, 1924, 1926, 1942, 1946, クラウスーラ2009, アペルトゥーラ2011 |
| ソル・デ・アメリカ | 2 | 11 | 1986, 1991 |
| スポルティボ・ルケーニョ | 2 | 4 | 1951, 1953 |
| プレシデンテ・ハジェス | 1 | 0 | 1952 |
[編集] 歴代得点王
プロ化以降の得点王の一覧である。1906年から1934年までのアマチュア時代のデータは失われている[3]。2008年からはトルネオ・アペルトゥーラ(前期リーグ)とトルネオ・クラウスーラ(後期リーグ)の2ステージ制を採用しているため、それぞれのステージ単独での得点王とシーズン通算の得点王のそれぞれを記載している。
[編集] 得点王回数ランキング
| 順位 | 回数 | 選手 | シーズン |
|---|---|---|---|
| 1 | 3回 | 1954, 1955, 1956 | |
| 1 | 3回 | 2007, 2010, 2011 | |
| 3 | 2回 | 1937, 1942 | |
| 3 | 2回 | 1941, 1948 | |
| 3 | 2回 | 1944, 1945 | |
| 3 | 2回 | 1946, 1947 | |
| 3 | 2回 | 1949, 1950 | |
| 3 | 2回 | 1951, 1952 | |
| 3 | 2回 | 1957, 1958 | |
| 3 | 2回 | 1964, 1965 | |
| 3 | 2回 | 1970, 1972 | |
| 3 | 2回 | 1973, 1974 | |
| 3 | 2回 | 1986, 1987 | |
| 3 | 2回 | 1993, 2000 | |
| 3 | 2回 | 1994, 1995 | |
| 3 | 2回 | 1998, 2001 | |
| 3 | 2回 | 2002, 2004 |
[編集] クラブ別得点王輩出数
クラブごとの得点王輩出数のランキングである。2008年以降はシーズン通算の得点王を数に含め、ステージごとの得点王は含めていない。
| 順位 | 人数 | クラブ |
|---|---|---|
| 1 | 23人 | セロ・ポルテーニョ |
| 2 | 20人 | リベルタ |
| 3 | 15人 | オリンピア |
| 4 | 7人 | グアラニー |
| 5 | 6人 | ナシオナル |
| 6 | 4人 | リーベル・プラテ |
| 6 | 4人 | ソル・デ・アメリカ |
| 8 | 3人 | スポルティボ・ルケーニョ |
| 9 | 2人 | プレシデンテ・ハジェス |
| 9 | 2人 | ルベン・ニュ |
| 11 | 1人 | CAコレヒアレス |
| 11 | 1人 | カピタン・フィガリ |
| 11 | 1人 | CAテンベタリー |
[編集] 記録と統計
フアン・サムディオは歴代最多の111得点を挙げている[8][9]。マウロ・カバジェロがサムディオに続き、1992年から2007年の間に107得点を挙げた。1936年、フラミニオ・シルバ(オリンピア)は1シーズンとしては史上最多の34得点を挙げた。マシモ・ロロン(1954年、1955年、1956年)とパブロ・セバージョス(2007年、2010年、2011年)は史上最多の3度の得点王を獲得している。1994年と1995年に得点王を受賞したアルゼンチンのエクトル・ヌニェスは、外国人として唯一の連続得点王受賞者である。
[編集] 脚注
- ^ Historia de la APF
- ^ El torneo paraguayo tendrá dos campeones oficiales en el 2008
- ^ Paraguay - List of Topscorers RSSSF
- ^ Dante López está habilitado para jugar en el Libertad
- ^ El uruguayo Hernán Rodrigo López se consagró goleador en Paraguay
- ^ Plantel Profesional Academico
- ^ Viaja ilusionado
- ^ 214 goles: ¡Quién discute esta historia! Ultima Hora.com (スペイン語)
- ^ Se cargó el triunfo Tele Deportes.com (スペイン語)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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