リンダ・ダーネル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Linda Darnell
リンダ・ダーネル
リンダ・ダーネル
本名 Monetta Eloyse Darnell
生年月日 1923年10月16日
没年月日 1965年4月10日(満41歳没)
出生地 テキサス州ダラス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 女優
配偶者 J・ペヴァレル・マーレイ (1942-1951)
Phillip Liebmann (1954-1955)
Giulliano Scicolone (1956-1960)
Merle Roy Robertson (1960-1963)

リンダ・ダーネルLinda Darnell , 1923年10月16日 - 1965年4月10日)は、アメリカの映画女優テキサス州ダラス出身。本名は、モネッタ・エロイーズ・ダーネル(Monetta Eloyse Darnell)。

来歴・人物[編集]

11歳でモデルになり、13歳で舞台に立った後、母親の影響[1]により1939年、ハイスクール在学中の15歳の時に年齢を偽って20世紀FOXのカメラテストを受け、合格[2]。同年、映画プロデューサーのダリル・F・ザナックと契約を結び、芸名を本名のモネッタからリンダへ変えて、『Hotel for Women』(1939年)で映画デビューを果たす。

1940年代~1965年にかけてヘンリー・ハサウェイウォルター・ラングラオール・ウォルシュルーベン・マムーリアンヘンリー・キングダグラス・サークルネ・クレールオットー・プレミンジャージョン・フォードジョセフ・L・マンキウィッツロバート・ワイズといった名監督の作品に幅広く出演し、活躍した。また、スクリューボール・コメディで知られるプレストン・スタージェス監督の『殺人幻想曲』(1948)に出演している。

1965年、イリノイ州の自宅で火事に遭い、翌日亡くなった。ダーネル自身の煙草の不始末が出火の原因という説もあるが、詳細は分かっていない。41歳であった。

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1940 スターダスト
Star Dust
キャロライン
快傑ゾロ
The Mark of Zorro
ロリータ・クインテロ
1941 血と砂
Blood and Sand
カルメン・エスピノーザ
1943 黒い霧の果て
City Without Men
ナンシー・ジョンソン
聖処女
The Song of Bernadette
クレジットなし
1944 西部の王者
Buffalo Bill
ドーン・スターライト
ルネ・クレールの 明日を知った男
It Happened Tomorrow
シルヴア・スミス/シルヴィア・スティーヴンス
1945 戦慄の調べ
Hangover Square
ネッタ・ロングドン
堕ちた天使
Fallen Angel
ステラ
1946 アンナとシャム王
Anna and the King of Siam
タプティム(ビルマ人侍女)
荒野の決闘
My Darling Clementine
チワワ
1947 永遠のアンバー
Forever Amber
アンバー・セントクレア
1948 殺人幻想曲
Unfaithfully Yours
ダフネ・デ・カーター
1949 三人の妻への手紙
A Letter to Three Wives
ロラ・メイ・ホリングスウェイ
私も貴方も
Everybody Does It
セシル・カーター
1950 復讐鬼
No Way Out
エディ・ジョンソン
西部の二国旗
Two Flags West
エレナ・ケニストン
1952 孤島の愛情
Saturday Island
エリザベス・スミス
海賊黒ひげ
Blackbeard, the Pirate
エドウィナ・マンスフィールド
1953 第二の機会
Second Chance
クレア・シェパード
1954 私の恋
This Is My Love
ヴィダ・ドーヴ
1956 争闘の丘
Dakota Incident
エイミー・クラーク
1965 黒い拍車
Black Spurs
サディ

関連項目[編集]

参照[編集]

  1. ^ Davis, Ronald L., Hollywood Beauty: Linda Darnell and the American Dream, p. 16. ISBN 0-8061-3330-9
  2. ^ "Linda Darnell Newest 'Cinderella' In Hollywood" by Louella O. Parsons, Deseret News, August 19, 1939, p. 7

外部リンク[編集]